とある里山の集落で聞いた話。

雉(きじ・キジ)というのは、非常に賢く情に厚い鳥らしい。
自分の雛が敵に狙われると、わざと怪我をしたふりをして囮となり、雛から敵を遠ざけることもあるという。

ある時、一人の若者が畑で二羽の雉の雛を見つけた。
捕まえようとすると、若者の少し手前に親鳥らしき雉が現れ、片方の羽を引きずりながらバタバタともがき始めた。

しかし雉の親子にとって不幸だったのは、若者が囮の雉の話を聞き知っていたことだった。
彼は親鳥には目もくれず、たやすく雛たちを捕らえてしまった。

若者は何も、いたいけな雛たちをとって食おうとしたわけではない。
珍し物好きな彼は、雛を手懐けて飼い慣らそうと企んだのだ。
そのため大事に家に持って帰ると、土間に籠を伏せ、餌をやってその中に入れておいた。

その夜のこと。
みなが寝静まった夜更け、急に土間の雉の雛たちが騒ぎ始めた。
物音に目を覚ました若者は、雛を狙ってイタチか何かが入り込んだのだと、起き上がろうとした。

しかし、体が動かない。
声も出せず、唯一動く視線だけを暗闇でさ迷わせていると、若者の寝ている布団の足元に、何者かの気配がした。

それは足元からゆっくりと若者の頭のに移動してきた。
暗闇の中に、白い着物を着た女の姿が浮かび上がる。

女の目を見て、若者は身も凍る思いだった。
見たこともない女だったが、その目には深い怨みがたたえられていたのだ。

女は若者を見据えたまま、ゆっくりと布団の周りを歩いていた。
不思議なことに、足を動かすことなく滑るように移動するにもかかわらず、トットットという奇妙な足音がしたという。

いつ終わるとも知れない怨みの目と謎の行動に恐怖が頂点に達したのか、若者はいつの間にか気絶していた。

翌朝、体が動くことに気づいた若者は跳ね起きて、そして驚愕した。

布団の周りには、無数の鳥の足跡が残されていたのだ。
若者は全てを察し、慌てて土間へと急いだ。
雉の雛達を籠ごと抱えて昨日捕まえた畑まで走ると、ゆっくりと逃がしてやった。
そして、一目散に逃げていく雛達に膝をついて頭を下げ、二度といたずらに生き物を捕らえたりしないと誓ったという。

「その若者というのは僕の父のことでね。魚釣りや鳥撃ちが好きな人だったそうだが、それを機にパッタリやめたそうだよ。それどころか、鳥肉はなんでも全く口にしなくなった。そのせいかはわからないが、この辺には今でも雉がたくさんいるよ」

その話を語ってくれた男性は、微笑みながらそう言った。

彼に同調するように、どこかで雉が一度だけ高く鳴いた。