2回生のときの話である。

僕はオカルトサークルの先輩である吉見さんのマンションへ遊びに来ていた。

吉見さんは、僕がオカルト道の師匠と心酔する大学のオカルトサークルの先輩と同学年で、師匠の入学時からのオカルトサークルの仲間である。

吉見さんとは東京生まれの東京育ちの人で、高校卒業まで東京に住んでいた。
入学時に東京から岡山へきた。

師匠は大学院で仏教美術を専攻しているが、吉見さんは大学院で薬学を専攻している。
吉見さんはたまにしかサークルに顔を出さない人で、2回生になってから師匠から紹介してもらった人である。

師匠と同学年のサークル仲間の為、師匠とはサークル活動やオカルト関連の情報等を取り合っているようだ。

こたつに入り、何か飲みたい旨を言ったところ、吉見さんはコーヒーを作ってくれた。
吉見さんはコーヒーが好きで、たまに吐息からコーヒーの香りがする。

吉見さんは、岡山はスキー場のある上信越や東北まで遠いとぼやいていた。
吉見さんはスキーが好きで、マンションのベランダにロシニョールのスキー板が置いてあったのは以前から知っていた。
小学生の頃にスキーを始め、スキーの1級とやらを持っていると言う。

吉見さんはこたつから出て、僕に背を向けて腰を屈み机の引き出しを開けて、何かを探してはじめた。
机から何やら取り出し、僕に微笑みながら日章旗のついたバッジを見せてくれた。これがスキー1級のバッジだとのことである。

吉見さんがこたつに戻ったところ、僕は雪かスキーに関わる怖い話はないかと訊いてみた。
吉見さんは次のような話をしてくれた。

吉見さんは春休みを利用して、岡山から東京に帰郷した。
事前に東京の友人たち数人と東北地方のとあるスキー場へ旅行に行く計画をしていた。
帰郷時には、既に東京の友人たちがスキーバスのツアーを予約していた。
行き先のスキー場は結構大きいらしい。
長いコースも沢山あると言っていた。
雪質もいいらしい。

吉見さんは、夜、新宿のバス発着場へ行ったところ、友人たちが既に待っていた。
東京都内は寒いが雪は降っていない。
みんなでバスに乗車し、バスは高速道路で東北へ向かった。

深夜の夜行バスである。
吉見さんはスキーで夜行バスに乗ったことは何回かあるが、余り慣れていない。
その晩も眠ろうとしたが、浅い睡眠が少しできただけであった。

翌早朝目を開けたところ、バスは高速道路を既に降り目的のスキー場の付近あたりを既に走っていた。
バスの窓から見る風景はあたり銀世界であった。

吉見さんは久しぶりの雪景色をバスの中から眺めていた。
そして、バスは目的のスキー場近くの予約している旅館に到着した。
雪は降っていなかったが、バスを出るとさすがに寒い。

二人のバスの運転手はバスの車体下のトランクルームから荷物を順次出していた。
吉見さんたちは自分たちのスキー道具や荷物を運び出し、旅館の門へ向かった。
他の予約客のグループも吉見さんたちの後ろからついてきた。
スキー客用に作られたホテルのようだ。

事前の予想より立派な建屋だ。
旅館の主人と思しき中年の女性が既に門の近くで待っていた。
その女性は40歳代後半であろうか。
よく見ると色白で年齢の割には綺麗で顔立ちが整っている女性である。
その女性は、最初は若干疲れている顔をしていたが、吉見さんたちが旅館に近付くと、笑顔で「おはようございます。いらっしゃいませ。」と声をかけてくれた。

最初は旅館内の1Fのラウンジに他の客と一緒に通された。
地下のスキー道具置き場を教えてもらい、みんな地下のスキー道具置き場へいき、スキー道具をそこに納めた。
そして、友人たちとラウンジに戻った。

少し経つと、先ほどの件の女性と3,4人の若い従業員がやってきた。
件の女性がその旅館に予約した吉見さんの友人の名前を呼んだ。

他の若い従業員は、別のグル-プの予約客の名前を呼んだ。
吉見さんたちは件の女性に2Fの和室まで通された。
部屋の中は小綺麗で暖房が効いていた。
部屋もやや広い。

吉見さんたちは荷物を置き、一休みしていると、件の女性がおにぎりとお茶を持ってきた。
件の女性はこの旅館の女将であった。

持ってきたおにぎりが結構大きい。
従業員が、吉見さんたちを男性客だと勘違いして大きいおにぎりを作ったためであるとのことである。

おにぎりを食べてみた。
米どころの米のおにぎりであるせいか、美味しいおにぎりであった。
吉見さんたちはおにぎりを食べたあと、眠気が出てきて、部屋の中でそのまま仮眠をした。

正午前あたりであろうか、吉見さんたちは仮眠から起きて、ゲレンデへ行くことにした。

日中はみんなで色んなコースを滑った。
平日のため、それほど混んでいない。
日中は晴れてはいなかったが、雪がふっているわけでもなかった。
吉見さんは長いコースを中心に滑った。

なお、そのスキー場はナイター設備があるため、夕刻以降もスキーが出来るところである。

その日は夕方ごろから雪が降り出してきた。
夕方、吉見さんと友人たちは夕食をとりに宿泊先の旅館へ戻った。
みんな疲れていて食後旅館の部屋の中で談笑していたが、吉見さんは一人で食後再度スキー場へ行った。
平日の夜の為、コースが空いているからだ。

岡山に下宿しているから、スキー場へ行く機会が乏しい。
そういった状況が彼女をナイターへ行かせる動機になったようだ。

友人たちから気を付けてと言われて、スキー板を担ぎストックを持って旅館をあとにして、スキー場へ向かった。

吉見さんはスキー場に到着した。
予想通り、スキー客は平日の夜と言うことで少ない。

彼女はとある長いコースのリフト乗り場に向かった。
吉見さんはリフトに乗り、周囲の景色を見回した。
白い雪で化粧された木の群れが目に入る。
夕方ごろから雪は降り始めていたが、夜の白景色は何とも言えないと思っていた。

吉見さんは、リフト降り場からコースを出て、夜のコースを見晴らした。
昼間の雰囲気とまた違うと思いながら、長いコースを鳥瞰した。

最初は、このコースで滑っているスキーヤーは吉見さん一人だけだと思った。
そうしたら、コース端の木陰に何か黒い人影らしきものを見つけた。
位置的には吉見さんの斜め下である。
暗いのでよく見えない。
何をしているのだろう。
コースを外れてこけてしまった人かもしれない。

吉見さんは、コースへ出て滑り出した。
先ほどの人影はこけたスキーヤーの可能性があると思い、人影があったと思しき場所の付近まで滑った。

しかし、その黒い人影らしきものはなかった。

気のせいかなと思い、滑降を再開したところ、後方と言うか斜め上方に、なにやら女性の声が微かに聞こえた。

何をいっているのかはわからない。
吉見さんはスキーを再度停めた。

先ほどの黒い人影があったと思しきところの方を振り向いて斜め上方を見た。
スキーのコース外の木陰に女性が一人ポツンと立っていた。
暗いため顔はよくわからないが背格好で女性だとわかる。
スカート姿のようで、体は細め、髪は長そう。

真冬で雪が降っているのにスキーウェアや防寒具の類いは着ていない様子であった。
帽子の類いもかぶっていない。
勿論ゴーグルも付けていない様子だ。

こんな雪の降る寒空の下、スカートとはありえない。
どうやら、その女性は吉見さんの方を向いている。

薄気味悪い。

吉見さんは怖くなって、麓の方へ視線を移し、滑降を再開して麓へ向かった。

しばらくして、吉見さんは麓に到着したあと、先ほどの女性がいたところを振り向いた。
よくみても、それらしきものはないようであった。

吉見さんは麓を少し歩き、先ほどとは違うコースのリフト乗り場へ向かった。
そのコースも日中何回か滑っており、結構長い。
吉見さんはそのコースのリフトに乗った。

このコースのリフトに乗ったのは吉見さんだけのようだ。
彼女は再びリフトから俯瞰できる夜のスキー場の雪景色を堪能していた。

リフトに乗って少し経ち、リフト降り場のあるコースの頂きの方を見た。
リフト降り場の近くに人影がある。スキーヤーにしては、何かおかしい。
ストックを持ってなく、スキー板も履いていなく、スキーウェアも着ていなさそう。
少しずつ近付くと、先ほどのコースにいたスカートをはいた女性のように見える。

ありえない。
あの時間で、先ほど滑降していたコースから歩いて、このコースの頂きへは絶対に来ることが出来ない場所だ。
あの女性がスキーを利用してもまずありえない。

吉見さんがスキーで移動している最中、あの女性を見かけていけない。
不可能である。
そもそもスカートを穿いているスキーヤーなんかいない。

最初はよくわからなかったが、その女性は吉見さんの方を向いているのがわかった。

降りしきる雪の中で、吉見さんの顔をじっと見ているようだ。

吉見さんが乗っているリフトはリフト降り場が近づくが、あの女性はずっとリフト降り場にいる。
このままでは吉見さんはリフト降り場であの女性と遭遇する。
吉見さんは、リフト降り場の近くでリフトのチェアから雪面まで数十センチから1メートルほどの高さで比較的平坦なところがあるのを思い出した。

その平坦な場所がくるのを待つ。

その場所が来た。
意を決っしてリフトのチェアから降りる。
うまく雪面に着地できた。

女性の方へ全く一瞥もせずコースの方に目を向け、急いでコースへ出て、麓へ滑降する。

スピード出して滑降する。
滑降中、後ろは見ない。
前のみ見る。
スキーを停めずに麓へ一気に滑降する。

麓に到着、ナイター客が休んでいるところまで行く。
その時点でやっと後方のコースの頂きの方を見る。
誰もいなかった。

吉見さんはスキー板を靴からはずし、急いで宿泊先の旅館へ戻った。

旅館に戻ると1階でものの整理か何か作業をしていた女将が笑顔でお帰りなさいと声をかけてくれた。
吉見さんは女将に作り笑顔で只今ですと一言返して、2階の部屋に入った。

部屋には布団を敷かれていたが、友人たちはテレビのまえのテーブルで談笑をしていた。

「お帰り。あれ、ナイター、大してすべってないのでは?」

友人の一人が言ってきた。

「ゲレンデ寒いから、二本滑っただけで戻ってきた」

吉見さんは答えた。
件の人影の女性の話はしなかった。
吉見さんはその晩風呂だけ入り、早めに寝入った。

その時以降、吉見さんはその人影の女性には遭遇していない。

話を聞き終わったときは、入れてもらったコーヒーの残りは冷めていた。
夜も更けていた。
僕は残ったコーヒーを飲みほした。