※このお話は投稿ネーム:(ネーハイシーザー)様からの投稿です。
《大学時代の山岳部の思い出の“怖い話”》
長文、駄文なので時間がある方は、お付き合い下されば幸いです。
前置き:(1988年頃《バブル経済期》の昔話を聞いて文章に表したので、多少の脚色と表現下手な部分は御容赦下さい。)
叔父さんから聞いた大学時代の山岳部の思い出話です。
今年の正月休み、叔父の家に遊びに行った。
叔父は50代の公務員、現在、孫(3歳の双子ちゃん)の爺様である。
自分が生まれてから、親戚一同の中で一番(自分を)可愛がってくれた叔父さんである。
さらに、大学4年生まで「お年玉」を頂いた唯一の親戚である。(他の親戚は「高校を卒業した者は“お年玉制度”は廃止!!」と言われた)
なので、手ぶらで遊びに行くのも申し訳無いと思い、2000円分の駄菓子(15種類以上)をドラッグストアーで買い、双子ちゃんの「お年玉」にした。
双子ちゃんにそれを手渡すと「わぁ~お菓子がいっぱいだ~!すご~い!」と言って、はしゃいでいた。
それを見た叔父は「またっ~こんなに買ってきて・・大出費だったな」と苦笑いをしていた。
暫くは世間話をしていた。
近くで駄菓子を食べている孫達を見て、叔父は「今、駄菓子を見て急に思い出した。・・・・そういえば、大学時代にこんな事があったんだ・・今思えば、懐かしいくて・・・・恐ろしい話だけどネ」と当時の体験話を話し始めた。
《大学時代の山岳部の思い出の“怖い話”》
長文、駄文なので時間がある方は、お付き合い下されば幸いです。
前置き:(1988年頃《バブル経済期》の昔話を聞いて文章に表したので、多少の脚色と表現下手な部分は御容赦下さい。)
叔父さんから聞いた大学時代の山岳部の思い出話です。
今年の正月休み、叔父の家に遊びに行った。
叔父は50代の公務員、現在、孫(3歳の双子ちゃん)の爺様である。
自分が生まれてから、親戚一同の中で一番(自分を)可愛がってくれた叔父さんである。
さらに、大学4年生まで「お年玉」を頂いた唯一の親戚である。(他の親戚は「高校を卒業した者は“お年玉制度”は廃止!!」と言われた)
なので、手ぶらで遊びに行くのも申し訳無いと思い、2000円分の駄菓子(15種類以上)をドラッグストアーで買い、双子ちゃんの「お年玉」にした。
双子ちゃんにそれを手渡すと「わぁ~お菓子がいっぱいだ~!すご~い!」と言って、はしゃいでいた。
それを見た叔父は「またっ~こんなに買ってきて・・大出費だったな」と苦笑いをしていた。
暫くは世間話をしていた。
近くで駄菓子を食べている孫達を見て、叔父は「今、駄菓子を見て急に思い出した。・・・・そういえば、大学時代にこんな事があったんだ・・今思えば、懐かしいくて・・・・恐ろしい話だけどネ」と当時の体験話を話し始めた。
大学時代、叔父は「山岳部」のサークルに所属していた。
創部当時は本格的な登山を目標とするサークルであったらしいが、時代の流れと供に、単なる「日帰り的な登山部」(※現在のハイキング?)のサークルになってしまったのである。(その夜、反省会と称して「合コン」が開催される)
当時、1年~4年生で合計50人位は部員がいたらしい。(幽霊部員を含む。通常、部室に集まるのは20人くらい・・・)
そこの大学は関東エリアにあり、偏差値も65前後のレベルで競争率も意外と高い大学だった。
叔父の大学時代は、いわゆる「バブル経済期(1986~92年くらいの期間)」の真っ只中だったらしく、「世間もかなり浮かれて(?!)いた。」と言っていた。
叔父曰く「大学の生徒は大きく分けて2つのタイプに分かれていた」と言っていた。
① 付属中学→付属高校からエスカレーター式に進学してくる生徒
② 地方の高校から「一般受験」で入学してくる生徒
そして付属校から入学してくる学生の殆どは、いわゆる「金持ち、良い所の坊ちゃん&御嬢ちゃん、上流階級(ハイソファミリー)」の学生だった。(一部の例外を除く)
地方の高校出身者は「庶民階級・一般人」と言われる学生だった。
叔父が入学した春、1年生部員が30人ほど入部した。
金持ちグループが、男9人、女子9人。
叔父は「9人の女子は本当に美人モデル並の女子、アイドル並の美少女達だった」と評していた。
庶民グループは男8人、女子4人である。(叔父を含み、見た目が普通の人達だった)
ある秋の日の事、登山部の部長が1年生に召集をかけた。
部長:「1年生だけで一度、登山をして来て欲しい。日帰りの簡単なコースでも良いから・・・・そして、その登山活動の内容を(レポート用紙で5枚程度にまとめて)提出して欲しい」
《金持ちグループ→以下「A」班と呼ぶ》
A班のリーダー的な男(仮にSと呼ぶ)が「1年生は30人です。大勢で行っても、小学生の遠足状態になってしまうので、2班に分けたら良いと思います」と言い始めた。
金持ちグループの男女達の殆どは「それが良いわね!」と言った表情をした。
※いかにも「金持ちは金持ち同士で行動したい、一般人といっしょに行動なんて有り得ない」と言う様なニュアンスの発言に思えたので、(普段から《金持ちグループ》の男達は顕著に“一般人は話しかけないで”オーラを発してした感じがした。
女子達の半分は中立的な人間で、半分は前述した“オーラ”を発していた。)
《庶民グループ→以下「B」班と呼ぶ》
庶民グループの男女達は「そんなの・・・・どっちでも良いけどネ」と言う様な表情をした。
この時点で、なぜか叔父はB班のリーダーと見られていたらしい。
地方出身で背も高く頑丈な体格をしていたので・・・・という理由で。
部長:「じゃぁ、そのメンバー構成(グループ分け)は君達に任せるから、5日以内に登山ルートと(時間的な)スケジュール表を提出してくれ」
そう言い放ち解散となった。
翌日、大学に行き部室に入ると既に『登山ルート、スケジュール表、グループ分け』がホワイトボードに張り出され、決定されていた。
叔父は近くにいたB班の女子に「誰が勝手に決めたの?・・・・この登山ルートとスケジュール表と構成メンバー?」と言うと、B班女子が「A班のS君が勝手に決め、部長に提出して許可を貰ったらしい」と言った。
よく見ると、A班のメンバーは《金持ちグループの男9人、金持ちグループの女子6人の計15人》で構成されていた。
B班は《庶民グループの男8人、女子7人の計15人》で構成されていた。
なぜか本来、A班に入るであろう女子3人(3人はハイソファミリーに属するであろう女子。仮に、春子さん、夏子さん、秋子さんとする・・・・3人とも小柄でアイドル並みの美形だったらしい。この3人は“金持ちグループ”内では中立的な女子だった)がB班に入っていたのは、少し不思議?不自然に思えた。
叔父は翌日、春子・夏子・秋子の3人に講義の始まる前、声を掛けられた「今度の登山。よろしくネ!」と。
叔父:「こちらこそ・・それにしても、よく、あっち(A班のグループ)に入らなかったね!」
実は部長に飛び出された昨日の夕方、3人が帰宅のため校内を歩いていると、A班のリーダーSに、「自分達のグループ(金持ちグループ)に入り、登山しないか?他のメンバーは・・(金持ちグループのメンバーの名前8人)・・・・がいる」と話かけられたのだった。
彼女達は1年生全員で話し合いもしないで班編成を(決定)するのはフェアじゃないと思ったらしく、「○○さん、△△さん(B班の女子の名前)から誘われているので・・・・ごめんね!」と咄嗟に嘘をついて断ったらしい。
叔父:「Sって、そんな自分勝手・自己中心的なヤツなんだ・・・・」
そう改めて思ったらしい。
登山の3日前、部長を交えてミーティングを行った。
スケジュール表もA班が作成し、登山する地図(地形図)もあった。
その山は標高がそれほど高くはなく(登山の難易度は低い)、初心者でも無理がない山に見えた。
登山道は東側登山道と西側登山道があった。
各登山道の五合目と八合目、頂上に小さな山小屋があり、休憩ができるらしい。
A班のリーダー(S)が「A班、B班が各登山道の入り口までレンタカーで行きます。午前8時頃、自分達A班は東側から登山し頂上へ向かい、B班は西側から頂上に向かい登山します。そして、頂上で合流します。多分、昼12時30分頃になると思われます。そこで昼食を取った後、登ってきたルートを戻って下山しようと計画しています。これで、レポートが2パターン作成出来ると思います」と言い、「尚、途中ケガ人・病人等が出た場合、何らかのトラブル、事故があった場合は直ちに出発点に戻る事にします。」と説明した。
部長:「なかなか、良いじゃないか!ナイスプラン!レポートの件は忘れないでくれヨ!」
そう言って、軽くスタンディングオベーションのジェスチャーをし、「じゃ、気をつけて行って来てくれ」と言って部室を出て行った。
さて、この話に登場する、もう一人の学生(叔父の同期生)を紹介する。
名前を仮に「山田高志(タカシ)」君とします。
彼もB班のメンバーでした。
彼は地方の出身(確か東北の雪国だったと言っていた)で、あだ名は「駄菓子」君と呼ばれていた。名前が「タカシ」で「駄菓子好きで」いつも駄菓子を持ち歩き、食べていたから・・・・。
見た目は「田舎の素朴な兄ちゃん」という感じの男だった。
少しだけ「イジられキャラ」で、冗談も言う、時々「ボケる&ツッこみ」をする面白いキャラだった。
登山の当日、B班はレンタカー3台に乗り、登山道の西口の麓に集合していた。
天気は「うす曇」だったらしい。
皆、当日の昼食、水分補給用の飲料水、着替えをリックに背負い全員集合するのを待っていた。
駄菓子君は自分の原チャリ(50cc)で来る事になっていた・・・が集合時間になっても来ない。
午前8時15分になろうとしていた。
携帯電話の普及していない時代である。
連絡の取りようが無い為、待っているしか成す術がなかったのである。
叔父は「駄菓子のヤツめ!遅刻か・・・小学生の遠足の前日の様に嬉し過ぎて、興奮してなかなか眠れず、寝坊しやがったな~!」と言い、皆に聞こえる様に冗談を言った。
それから5分後(午前8時20分頃)、遠くから50ccを手で押してくる駄菓子君が見えた。
背中には大きなリック(キャンプ用の大き目のリック)を背負って、息を切らしながら早歩きで向かって来た。
駄菓子君:「(ハァハァ・息切れ)ごめん、途中、原チャリがガス欠になって(ハァハァ・息切れ)、途中、休み休み、来たら(ハァハァ・息切れ)・・・遅刻しちゃった(ハァハァ・息切れ)・・・ゴメン!(苦笑い)」
叔父は「大きなリックだな!エベレストにでも登る気か?」と、ツッコミを入れた。
一同、苦笑いした後、登山道を登り始めた。
季節は秋である。
途中の紅葉が皆の目を楽しませた。
五合目までは登山道も整備されていた。(砂利を敷いている山道。道幅も7mで広い)
しかし、そこを過ぎると急に「林道(土の道で道幅も4mくらいになり、左右には、見た事も無い『杉?』の様な太い樹木がひたすら生息する森)」も険しくなってきた。
高い樹木の生息する森のせいなのか、周辺が薄暗く感じてきた。
途中、15分の休憩をして、再び歩き出した。
時間はまだ、午前10時30分なのに・・・周辺は薄暗い。
歩きながら1人が(明るい声で)言った。
「早く、頂上に行こう!頂上に行けば皆が待っているし、見晴らしが良い筈だから・・・・」と皆を励ました。
駄菓子くんは一番後を歩いていた。
大きなリックを背負い無言。
そして、時々、空を見上げていた。
途中、五合目にある山小屋を見つけ、八合目の山小屋を目指して進んでいた。
時計は午前11時を指していた。
もう八合目まで来たと皆は思っていたが、山小屋らしき物は視界に入らない。
「ここって、何処なの?まだ八合目じゃないの?」と誰か言うと、駄菓子君が「早く登ろう。とにかく(八合目の)山小屋まで行こう。もう直ぐ、雨が降るかも・・・・」と言い出した。
皆は「なんで、そう思うの?」と聞き返した。
駄菓子君は「(風が)気温が急に低くなった。雲の流れが速くなった気がする。だから・・・・・・・自分は雪国出身の人間だよ。急に気温が下がれば、一雨来るかもしれない」と言った。
それを聞いた14人は早足で八合目にある山小屋を目指した。
少し急ぎすぎじゃないか?と思うくらい、そして女子達には酷なくらいな早足で。
途中、女子3人が「疲れた、もう歩けない。少し休もうヨ!」と言い出した。
駄菓子君は「雨に降られれば、歩く事もキツくなる。雨に濡れれば風邪もひく。だから、頑張って!」と言って励ました。
全員がバテバテになりかけた頃、林道の脇に山小屋らしき建物が見えた。
森を切開いた場所に建てられた山小屋らしい。
大きさ(小屋の中の広さ)は畳で約18畳くらい、はめ込みの窓が2つあり、小屋の真ん中には「薪ストーブ」がある小屋だった。(小屋の隅には、薪が20本程、備品としておかれていたらしい。)
※(映画「世にも奇妙な物語・映画の特別編」の「雪山」に出てくる様な小屋を想像して下さい。)
全員、中へ入り休憩。
そして、誰かが言った「なんだヨ!雨なんか降らなかったじゃないか!」と。
駄菓子君は「ゴメン!オレの取り越し苦労だった!今、11時20分だけど、ここで昼食を食べようよ」
と言うと、1人が「A班のメンバーも登っている途中なんだよ。皆、揃って頂上で食べたら良いんじゃないか?」と言い出した。
駄菓子君は「じゃあ、15分後に出発しようよ。女子達を少し休ませる為にサ・・・・そのくらいは良いだろう」と言った。
その提案は女子7人の満場一致(?!)で「賛成」とされた。
15分後、さあ出発しようと山小屋を出た瞬間、空から「ポッ」と一粒落ちてきた、と思ったら、10秒以後、雨がザンザン降りになった。
駄菓子君は「間一髪、セーフ・・・・アブね~!やっぱり(雨が)来たか」と言った。
14人のメンバーは「あらっ、予想が当たったね!」と言った表情をした。
そして、雨が上がるまでは暫く待機となった。
30分待ち、1時間待ち、一向に雨が止まない。
誰かが言った「A班も(東の登山道の)山小屋で待機だろうな。ここで昼食を食べて、最悪の場合、(時間的に登山が無理なら)雨が止み次第、頂上に向かわずに下山しようか?」と。
午後1時30分。
15人揃って昼食を食べていた時、「この雨、止むのかな?一向に弱くならないし・・・ここまで登るのに4時間は掛かっているのに・・下山するのにも、それくらい(の時間)掛かるんじゃないの」と誰かが言った。
各々、遅くとも午後6時頃迄には下山し、麓まで戻れると頭の中で計算していたらしい。
無理もない、地形図では頂上までは、(直線距離で)短い道のりである。
等高線を考えていなかったみたいである。
急な傾斜ではないものの、直線道路ではないのであり、緩やかな登りの(大きく蛇行した)登山道である。
少しづつだが確実に体力は消耗しているのである。
2時間が経過した。
午後3時30分を過ぎたあたりから、日が傾いてきて薄暗くなるのを感じた。
誰かが言った「強行軍で下山しようか?雨は降っているけど、下りの登山道なら早歩き出来るんじゃないか?」と。
しかし、B班の15人中、誰1人として雨具を持参した者がいなかった。(今思うと、登山をナメている。登山装備の(常識的な)基本を守らない致命的なミス)
駄菓子君は「ダメだ!危険だよ。男達だけだったら、それも出来るけど・・・無理して急いで、足を滑らせたら怪我をするかも!」と。
「だったら、明日の朝までここに居るのか?おれは反対だ!」と言って、山小屋のドアを開けた。
しかし、そこには予想もしなかった事が起こっていた。
雨脚は少し弱くなっていたが、山岳地帯特有のモヤ(ガス)が発生していたのである。(視界が10mくらいだったと言っていた)
全員、脳ミソがフリーズした。
午後4時30分を過ぎると、本格的に暗くなってきた。
現在であれば、携帯電話で遭難?の連絡も出来るが、当時はそんな物を所持している者は誰一人いなかった。
気温が下がり冷えてきたので、誰かが「薪で火を焚こう、冷えてきたし・・・・・」と言うと、駄菓子君は「まだ、ダメだ。まだ早い。そこにある薪の量では6時間も持たないよ」と言った。
それから約2時間が経過した。
完全に日が沈み、周囲が真っ暗で文字通りの「漆黒の闇」である。
駄菓子君は、リックから「ロウソク(寺にある様な太くて長い物を2本)」「ミニ懐中電灯」を取り出し、皆の前に置いて見せた。
そして、一本のロウソクに火を燈し、薪ストーブの上に立てた。
少しだけ山小屋の中が明るくなった。
それは“何かがあっても、大丈夫だよ”といったパフォーマンスだったらしい。
午後8時になり、誰かが言った。
「冷えてきた、もうストーブを焚いても良いんじゃないか?」
駄菓子君は「まだ、早いよ」と言うと、
男の一人が「じゃ、いつになったらストーブを焚くんだよ!」と半切れ状態で言った。
駄菓子君は「(夜)10時頃から効率的に火を焚けば、早朝5時迄は暖かいと思う」とズバリ言った。
一同、キョトンとした。
そんな事を計算しているのか?この状況下で!
「・・・・なんか凄いヤツだ」と叔父は初めて、駄菓子君を尊敬の目で見た。
午後8時30分になり女子の1人が言った。
「駄菓子君・・・・お菓子持ってないの?あったら・・・食べさせてよ・・・・・」と。
駄菓子君:「うん!持っているよ!でも・・・・・ダメ!」
女子は「なんで・・・!どうしてヨ!意地悪しないで・・・食べさせてヨ」と涙目で言った。
周りの男達も「(駄菓子を)持っているなら食べさせてやれよ」という目で、駄菓子君を見た。
午後10時30分になり、女子の1人は空腹が我慢できなくなったのであろう「お願いだから、食べさせてヨ」と涙目で訴えた。
その場にいた男達も、言葉には出さなかったが同じ思いだった。
駄菓子君は「うん!そろそろ、いいカモ。先ずはストーブで火を熾(おこ)してからネ・・・」と言い、一同「エッ!?」という表情を浮かべ、暫くは駄菓子君の行動を皆で見ていた。
火が灯っているロウソクを地べたに立てた。
そして大きなリックから、週刊誌を取り出し、5ページ分を裂いて軽く丸めて、薪ストーブに入れた。
小屋の片隅に積んでいた長さ60センチくらいの小枝を5~6本掴み、20センチほどの長さに折り、ストーブへ入れた。
皆はその手際の良さを関心して見ていた。
そこへ100円ライターで火を入れ、火が熾ったところに、空かさず細目の薪を3~5本入れたのであった。
数分後、今度は太目の薪を投入した。
見事に薪ストーブが(正常に)稼動したのであった(手順、表現が変かな?)。
次にリックから取りだしたのは、「片手鍋」と「(水の入った)ミニのポリタンク(3.0リットルタイプ)」と「キャンプ用のガスコンロ」だった。
片手鍋(1人暮し用でインスタントラーメンを作る時に使う大きさ径20~23センチの大きさ)に水を注ぎ、湯を沸かし始めた。
皆は「何を始めるんだ?」と思い、ずっと見つめていた。
リックから「チキ○ラーメン」を2袋取り出し、開袋前にバリバリと手で砕き始めた。
いわゆる、「ベビースターラ○メン」状態にしたのである。
2袋分をおもむろに鍋に放り込み、フタをして煮始めたのであった。
再び週刊誌を破いて、人数分の枚数を用意した(紙皿代わりの紙トレイ?にしたのであった)。
皆、最初の内は「どうせ少しの駄菓子しか食べれらないんだろうな」と思っていたが、予想に反して、リックの中から次から次へと出てくる出てくる駄菓子達。
それを人数分に分け始めた。
【叔父さんの記憶】
・ ココナッツ風味のサブレ・・・・(5枚)記憶確定(食べていて歯にくっ付いて記憶に残った)
・ 歌舞伎揚げせんべい・・・・(3枚)記憶確定(美味しい定番せんべいなので、記憶に残った)
・ しょうゆ味のせんべい・・・・(4枚)記憶確定(梅味で、高級な感じが記憶に残った)
・ 南部せんべいピーナッツ入り・・・・(3枚)記憶確定(大好きな駄菓子。記憶していた)
・ チ○ルチョコ・・・・(2個)記憶確定(当時、CMが流れていて1個10円。好きな駄菓子の1つ)
・ サラミ(4cmで鉛筆の太さ)・・・・(4本)記憶確定(駄菓子としては想定外。記憶に残った)
・ おしるこ味ビスケット・・・・(4枚)記憶が曖昧
・ チョコレートビスケット(現在のアル○ォート系?)・・・・(4枚)記憶が曖昧
・ 不○家の「ミル○―」飴・・・・(2個)記憶確定(10年ぶりに口に入れた。懐かしい味で記憶)
以上の駄菓子が紙皿に山の様に盛られ、メンバー全員に配られたのであった。
それを見た全員が失笑した。
女子は「駄菓子君って、いつもこんなに沢山持ち歩ているの?」と苦笑いをしながら訊いた。
駄菓子君は「山に入ると、何が起こるか解らないからネ」と。
そして、配膳(!?)が完了して、駄菓子君は「さあ、皆さ~ん、お待たせ~召し上がれ~」とマダム風におどけて言った。
男達は、ガッ付いて食べ始めた。
女子達は上品に?食べ始めた。
普段は口にしないであろう駄菓子に、春子さん・夏子さん・秋子さんの「上流階級シスターズ」3人は「駄菓子って・・・・意外に美味しいね」と言って食べていたらしい。
そうしている内に、コンロに掛けていた片手鍋のインスタントラーメンが煮立ってきた。
そこに、砕いた「南部せんべい」を数枚投入した。
数分後、リックから人数分の「紙コップ」と「割り箸」を取り出し、ラーメンスープ?を人数分、均等に分けて配った。
15人で分けると少ない量のスープだったが体が温まり、空腹が満たされた為か、あれだけ殺伐とした空気が180度変わった。
女子:「駄菓子君って、すごくサバイバル慣れしているね!どこで教わったの?」
駄菓子君:「叔父さんが、山(炭焼き小屋)で仕事をしていてね・・・手伝いに行った時に・・・・いろいろな事を教えてもらったんだ」
皆、空腹も満たされたが、なかなか寝る事も出来ないので駄菓子君の話を聞いていた。
そこで、駄菓子君は究極(!?)の「山の知識」を皆に教えた。
駄菓子君:「炭焼き小屋で仕事の手伝いをした時、次のような事を言われたんだ」
駄菓子君の叔父さん:「高志、山に入る時、忘れてはならない事は何だか知っているか?」
駄菓子君:「う~ん・・・熊や蜂、ヘビ(野生の獣)に襲われない事かな?あと、鉈(ナタ)を持っていく事かな」
駄菓子君の叔父さん:「それも大事な事だけど、一番大事な事を忘れている」
駄菓子君:「それって・・・・何なの?」
駄菓子君の叔父さん:「山に入る時、忘れてはならない事は、(食い物・飲み物・防寒対策の物)だ」
そう言われてみれば至極当り前の事である。
駄菓子君の叔父さん:「一旦、山に入ってしまえば、10000円札は只の紙切れにしかならない。町中で目の前にスーパー、コンビニがあって初めて役に立つ紙(紙幣)になるんだ。忘れるなよ。」
そして、「山に持っていく食物は出来るだけ(軽い物で、できれば腹持ちの良い物を多目に)準備する事だ。飲み物は・・・・出来れば、味の無い飲み物【水】だ。水は傷口を洗えるし、目に入ったゴミを流せる。炭酸や清涼飲料水(甘いジュース類)だけじゃダメだ。忘れるなよ」と教わったと。
皆は「なるほどなぁ~」と感心して聞いていた。
今が、その状況にあったのだから。
駄菓子君は「さあ、もう(午前)1時過ぎだ、少し寝た方が良い。明日は・・・・多分、9時頃には下山出来ると思うよ。ストーブの火は消さない様に、僕が見ているから」と言って、皆を眠らせたのであった。
薪を節約して燃やして、朝まで火の番をしていた。
朝、午前8時30分頃、皆は目を覚ました。
雨は完全に上がったのだが、霧(山のモヤ・ガス)が心配だった。
駄菓子君は「皆、眠れた?まだ少しガスッてるけど、あと1時間もすれば、下山は出来ると思う」と言うと、皆は一様に元気な表情を見せたのであった。
ポリタンクに残っている水を片手鍋に入れ、コンロに火を点けた。
そこに、ステェックタイプのインスタントコーヒー(の素)を5本入れ、スティックタイプの砂糖を5本入れて、(モーニング?!)コーヒーを作ったのであった。
それを見ていた14人は「この人・・・・凄い人だなぁ~。
こんな事・・・・自分は絶対に真似出来ない・・・もう、(駄菓子君)なんて軽々しく呼べないなぁ」と思ったのであった。
15人分の紙コップにコーヒーを注ぎ、皆はそれを飲み干した。
そして、駄菓子君は皆に(7cmくらいのチューブ入りの琥珀色の液体)を手渡した。
「これ、何なの?」と叔父さんは、その物体を凝視して尋ねた。
駄菓子君は「これは、チューブ入りの(蜂蜜)だよ。これを腹に入れて下山の準備は完了するんだ」と言ったのであった。
15人はそれを口に流し込んだ、そして、しみじみと言った「蜂蜜って・・・・甘いんだなぁ」と。
皆、ほんの少しだけ体力が(パワーアップ)した気分になった。
下山の準備が整ったのを確認して、駄菓子君は「されば、各々方、準備はOKかな?・・では・・いざ・・・・出陣~ん」と時代劇の出陣シーンの台詞を真似て言った。
全員、半分悪ノリで「オ~ッ!」の掛け声で、山小屋を出発したのであった。
雨は上がって、晴れていて視界も良好だった。
15人は来た道を一気に駆け下りたのであった。
下り道は2時間30分程で登山道入り口に辿り着いたのであった。
B班は皆、無事に麓に辿り着いた。
気懸かりなのはA班のメンバーである。
少し休憩してから、東側の登山道入り口までレンタカーで行ってみた。
そこには、高級車4台が駐車してあった。
「この自動車って確実にA班の(メンバー達の)物だよね」と誰もが思った。
1人が言った。
「登って(行って)迎えにいかないか?誰かがケガをしているかもしれなし」
駄菓子君は「もう少し待ってみよう。自分達だって、そんなに体力が残っているわけじゃないし」と言った。
時間も昼12:00になろうとしていた。
B班の1人が「登って迎えに行こうよ。女子達はここにいて待ってもらえば良いから」と言い始めた。
はっきり言って、誰もそんな体力が無かった。
できるだけ早く家に帰りたかったのである。
結局、駄菓子君・叔父さん・(迎えにいこうと言い出した)男子の3人が行く事になった。
3人が登山道に向かい歩いて行くと、A班の15人がフラフラの足取りで下山して来た。
彼等がB班を見つけると、一瞬(あぁ・・助かった・・B班だ・・・・)と言った表情をして、その場にヘタり込んでしまった。
A班の女子6人は両手を地面に着いて、うな垂れて動けなかった。
B班の女子7人はA班の女子6人に駆け寄り、介抱し始めた。
A班の女子6人の殆どが「(体を擦りながら)寒い」「頭が痛い」「(咳をしつつ)吐き気がする」と震えながら小声で呟いていた。
顔色も悪く、立てないほど衰弱していた。
駄菓子君は「あ~ぁ!全員、風邪ひいちゃったな!熱もあるみたい。早く病院に連れて行った方がいいな!」と言うと、B班の女子達が運転する3台のレンタカーで6人を最寄の病院に連れて行った。
残った男達は、暫く休んでから駐車場にある自動車で家に帰ったのだった。(後日、50ccは駄菓子君が自主回収)
俺は「いったい、この話のどこが怖いの?みんな無事に下山したのでしょう?」と叔父に尋ねた。
叔父は「この話の本当の怖さは、数日後からなんだよ・・・・」と苦笑いをして言った。
A班の女子6人はそれから3日間、大学を休んだ。
体調不良、風邪、軽い肺炎・・・。
B班の女子達は心配していたが、1週間後、女子達13人が「女子の体育(実技)」の時間、顔を合わせた時、元気そうな姿をみて一安心した。
春子は「(6人は)もう、体調は大丈夫なの?快復した?」と、A班女子の1人に話かけた。
※(A班なので、仮に・・・・安奈)A班女子のリーダー的な存在である。
安奈が「もう大丈夫みたい。この間は私達を病院に連れて行ってくれて“ありがとう”」と御礼を言うと、安奈は「放課後、予定が無ければ、私達(6人)がお気に入りのパーラー(ケーキ屋)に行かない?7人に御礼と言うには程遠いけど・・・」と言った。
他のB班の女子達は予定があったらしく断られた。
他のA班の女子達も予定があり結局、春子、安奈の2人でパーラーに行った。
パーラーに入り、安奈がお勧めのケーキと紅茶を2セット注文した。
そして、それとなく世間話が始まった。
春子:「この間は、大変だったネ!そっちの(A班)は、あの夜、どうだったの?」
安奈:「男はイザという時に本性が判るっていうけど、本当ネ。初めて実感した」
そう溜息を漏らした。
春子はB班の山小屋での一夜の出来事を安奈に話した。
安奈は「あの駄菓子君が・・・・・・へーっ?!人は見かけだけで判断できないものね!只の田舎のお兄ちゃんだと思っていたけど・・そうなの・・羨ましい話」
安奈は再び溜息をついて、A班の男達がいかに「頼り無く、無責任で、使えない男」だったかを話し始めた。
登山部の部長に呼び出された当日の夕方。
安奈達は帰宅する時、S君・他2人から大学の校門で呼び止められた。
Sが「自分達のグループ(金持ちグループ)に入り、登山しないか?他のメンバーは・・(金持ちグループのメンバーの名前5人)がいるんだ。」と誘いがあった。
《自分達は、何回かのキャンプ・登山の経験がある。何かあれば力になれると思う》そして、登山終了後、夜の反省会(合コンの事)も任せて欲しい」と言ったのだった。
春子は、それより少し早く自分達(3人)も誘われたが、断った事を内緒にして話を聞いていた。
安奈は、約1週間前の登山状況を話し始めた。
《7日前の話》
東側の登山口から登り始めて2時間くらいは、世間話をしながら休憩をとりつつ楽しい登山を満喫していた。
西側と一概に登山道の難易度を比較は出来ないが「結構、キツイ登山道だった。」と安奈は言った。
途中、五合目にある山小屋を確認し、周囲の景色等の写真を撮り(レポート用の資料として)登って行った。
八合目の景色の写真を撮り、山小屋を確認し頂上を目指そうとして出発しようとした時、天気が怪しくなった。
A班女子が「あれ?怪しい雲行きになってきたヨ。雨が降るんじゃないの?」と言うと、Sが「う~ん。今、午前11時30分か・・10分くらい様子を見ようか?」と言い、待機を提案した。
10分後も天気は変わらず。
ここに居てもしょうがないないので、登山を続行する事になった。
しかし、山小屋を出ようとした、その時、空からポツリと一滴落ちてきた・・と次の瞬間、ザンザン降りの雨。
こちらも、雨具を持参した者がいないので、暫し待機の延長となった。
雨も止む気配がなく、午後1:00頃、昼食を取った。
そして、再び雨が止むまで待機。
それから2時間が経って(午後3:00)、雨は降り続く。
そして、モヤ(山のガス)が山小屋周辺を取り巻き始めた。
A班男が「こんな時は、来た道を下山して戻って行くのが決まりだった筈。下山しよう。B班だって、この雨だ。多分、(既に)下山していると思う。」と言い出した。
皆が下山を提案してきた。
Sは一応、リーダーだったので暫く考えて「この雨が小降りになり、モヤが消えたら下山しよう」と言った。
しかし、それから1時間が過ぎた。
午後4:00になり、日が暮れ始めた。
Sは「下山道は(徐々に薄暗くなり)足元が滑るし見え難くなる可能性がある、これから4時間掛かる下山は危険だ」と言い、下山は中止となった。
安奈は「東側なので、早く暗くなったのだと思う」と言った。
さて、これからがB班との違いである。
午後7:00、夜になり気温が下がり、薪ストーブで火を熾そうとしたが、誰1人として薪ストーブで火を熾す事が出来なかった。
1人の男が薪を2、3本ストーブに投入し、直接ラーターで火を点けようとした。
が、それで火を熾せる筈が無い。
脂汗を流して、必死にライターを「カシュカシュ、カシュカシュ」と着火を試みるが、失敗。
9人全員「喫煙者」である。
ライターは9個あるのだが・・・・
それに、余分な食料を持って来ていない。
そして、山小屋の中は真っ暗である。
時々、ライターを灯しては、一人の男は「ここが町(市街地)なら、コンビニにでも一っ走りして、食料を調達するだけどナァ。今、現金16万円、とアメリカン・エ○スプレスのカードがあるのに・・・残念!」と笑えない“戯言”を言い放つ男もいた。
女子は「(キャンプ、登山の)経験があるんでしょ?誰か、早くストーブに火を点けてよ」と言っても
誰もその方法を知らなかったのである。
男達はお互いに顔を見合わせ「黙秘権」の状態だ。
挙句の果てには「キャンプ道具があれば、一発で火を熾せるのにナァ」とか言い出した。
Sは6人を誘った手前「ここでの不手際は、後日10倍にして埋め合わせするから・・・・」と言い出したのだった。
女子6人は心の中で「100倍の埋め合わせでも足りない。それより今、ここにある薪ストーブに火を焚いて欲しい」と切望し、地べたに体育座りをした状態で首を落としていた。
お嬢さん育ちの人間には余りにも過酷な「寒さと空腹」の悪夢の一晩であったらしい。
その状態は翌朝9:00まで続いたのであった。
安奈は「本当にヒドイ目に遭った。二度とあんな事・・・・・・御免だわ!」と、声を荒げて言った。
2人の間に数秒間の沈黙があって、春子が「それじゃぁ・・・登山サークル・・・・ヤメ(退部し)ちゃうの?」と尋ねた。
安奈:「まさか、このままじゃ、絶対・・・許せないの」
安奈:「これからB班の女子には足を向けて寝れないネ」
そう言って微笑んだ。
それから暫くは女子トークをしてから、店から出た。
数日後、部室に(1年生全員が)集合した時の事、部長に軽く(?)厳重注意をされた。
※「山で遭難があればこのサークルが廃部になるんだゾ」と、恐ろしい小言を囁かれたのであった。
部長が「以後、注意して行動してくれヨ!」と言って退室し、1年生だけが部室に残った。
全員、暫く沈黙状態。
突然、明るい声が部室に響いた。
安奈:「終わった事はしょうがないヨ!」
安奈:「ねえ!今回の登山の反省会(合コン)をしない。“各班ごと”に・・・・」と言うと、春子は「えっ!1年生全員(A班+B班)で反省会をすれば良いんじゃない?」と言った。
安奈:「うぅん(首を振って)。“今回だけは各班ごと”にしましょうヨ」と半ば強引な口調で主張した。
それも、笑顔で・・・・その場は、なんとなく満場一致で決定した。
B班のメンバーも「その方がベストなんじゃない。今回は・・・」と言った雰囲気だった。
B班は「リーズナブルな居酒屋&カラオケ」で反省会を開催する事となった。
A班は安奈が場所を決定し、Sに、その場所で反省会をしたいと提案した。
時代はバブル全盛期。
金持ちグループの「男子9人、女子6人」の合コンである。
そこは「フランス料理のフルコース」の食事ができる超高級レストランであった。
1人当り、○万円のコース料理である。
食事が始まり数分後、安奈が「(男子の)皆はドンペリを飲んだ事があるの?私は1度も無いんだよネ・・・飲んでみたいナァ~」
他の女子達数人も「私も飲んだ事が無い。瓶も見たことが無い」と言うと、Sが「じゃぁ試しに、1本持ってきてもらおう。ロゼでもいいかな?」と言ってオーダーをした。
この間の件、(山小屋で「ここでの不手際は、後日10倍にして埋め合わせするから」)と言った手前、女子達のリクエストには全て応えたのだった。
反省会(食事会)がお開きになる頃、安奈は言った。
「ここは女子も“割り勘”になるんでしょ?いくら払うの?」と笑顔で“ワザとらしく”尋ねた。
Sは「いやぁ~(この間の件があるから)ここは、自分達(男子9人)に任せて欲しい」と言った。
他の8人も、「まぁ、今回は・・・・(仕方ないナ)」と顔を見合わせていたのであった。
6人の美女達が笑顔で「ご馳走様でした~」と言われた時は、男達は苦笑いをしていた。
翌日、春子と安奈は部室で昨日の反省会の内容を報告しあった。
春子:「こっちは、駄菓子君を“上座に祭って”飲んで食べて、盛り上がったヨ」
安奈:「こっちは高級レストランのフレンチディーナーよ。ドンペリも飲んだよ」
春子:「ドン・・・ペリって!?高いんじゃないの?あのシャンパンは?」
安奈:「そうらしいね!でも私達は一銭も支払っていないし。全部、男達に任せたから」
春子:「こっちは2次会込みで、1人5000円で済んだけど、そっちは・・・・?」
安奈:「さあ~(?)15人参加で、一人当り18000円、でドンペリのロゼっていうのを注文して45000円位だったらしいけど・・(15人×18000円+45000円)約32万円くらいなんじゃない?」
春子:「(絶句して、数秒後)ホントに!・・・・大丈夫なの?彼らは?支払えるの?」
安奈:「彼らは金持ちの御坊ちゃん達なの。9人で折半(!?)しても1人当り35000円くらいでしょ。安いものヨ」と言って微笑んでいた。
その顔に表れた表情は「意地悪な微笑」だった。
安奈は「その内、女子だけで焼肉(を一緒に食べに)行こうヨ」と言い出した。
春子も「そうね!女子達だけの食事会も良いかもね!」と言った。
数日後の月曜日。
昼、春子が1人学食でランチを食べていると、安奈に話しかけられた。
安奈:「今週の金曜日、焼肉(食事会)を食べにいかない?女子全員で」
春子:「うん!いいね。(B班の)みんなに予定を確認して聞いておくネ!」
安奈:「(食事会の)会場は任せて!それと(B班の)男子達には一応、内緒にしておいてくれない?」
春子:「えっ!なんで?(話くらいしても良いのでは?と思った)」
春子は不思議そうに言った。
安奈:「一応、こっちの都合と・・・・いろいろと・・・・順番があるから」
春子は言葉の意味が理解出来なかった。
春子はB班の女子達に予定の確認をした。
「全員出席」となった。
B班の女子「焼肉行くのでしょ!会場は何処?あまりに高級店だと・・・(割り勘は)キツイよ」と言うと、春子は「全て安奈さん達に任せてある。無茶な事はしないと思うけど」と言った。
金曜日の夕方、女子全員が入った焼肉店は「叙○苑」だった。
東京でも指折りの高級焼肉店だった。
B班の女子達は「割り勘で1人10000円超えるのかな・・・・よりにもよって、なんで、この店なのヨ」と、不満をタラタラ言い出した。
店に入ると、奥の座席(貸切状態)にはA班の男子達(金持ち御坊ちゃん9人)が座っていた。
Sは「さぁ皆さん、こちらに座って下さい」と言って、女子達をエスコートした。
B班の女子達はキョトンとして、促されるまま席に座ったのであった。
Sは「先日、登山の際は、御心配と御迷惑をかけてしまいました。せめてもの御礼です。今日は思い存分食べて下さい。」と開会の挨拶(!?)があった。
安奈は「と言うわけで、支払いは彼等が持つから心配しないで。遠慮は無用よ。好きな物をオーダーして」と、会食のスタート宣言。
B班の女子達は、「なるほど、そーゆー理由なんだ。それじゃ~遠慮なく」という事で、普段は食べる事の出来ない《ザ・肉》をオーダーした。
幻の“シャトーブリアン”、高級しゃぶしゃぶコース、高級すき焼きコース、単品料理・他。
そこでの会計は男子9人、女子13人で、約28万円だった。
※ (会計は男子9人が清算して、一人当り、約31000円の支払いだった)
翌日、春子が安奈に尋ねた。
春子:「昨日は大丈夫だった?私達も少し(会計の一部)を出そうか?」
安奈:「心配しないで。あの男達は女子達の前では《ええ格好しぃ&見栄っ張り》だから」
春子:「でも、よくあの高級焼肉店をセッティングしたね。(高額の支払いは必至な焼肉店なのに)」
と《尋ねる様に言った》
安奈は「先日、フランス料理を食べていた時、思ったの」・・・・・・・
私達が下山してきた時。
あの時、B班の女子達も一晩大変な目に遭った。
確実に疲れて、体力も消耗していた筈。
それなのに、自分達を介抱し、病院に連れて行ってくれた。(何事も無ければ、B班の女子達には関係の無い行動。
自分達(女子6人)は何かしら、御礼をしなければならないのではないか?
情けないが、どんな形で御礼をしたら良いか?思いつかない。
そして、本来はA班の男子達が病院に連れて行くべきなのだ。
しかし、彼らは憔悴しきっていた為、それが出来なかった。
したがって、あの時、“何一つ男達は責任ある行動を取っていない”のではないか?
変わりに、その行動(救援活動)を行ってくれたのは“B班の女子達”である・・・・・・・
安奈は「(B班の)彼女達には何らかの御礼をすべきなんじゃない?大人なら、それ位の気遣いは常識なんじゃないかしら?」と女子流の理屈(!?)をSと他8人に提言したのだった。
春子は、なんとなく彼女の理屈を理解した。
支払いは高額だったが「まぁ~坊ちゃん達だから、今回、このくらいの事は・・・・アリかナ!」と思ったらしい。
そして先日、安奈が言った。
「(B班の)男子達には一応、内緒にしておいてネ」の意味を説明し始めた。
「最初は(焼肉店の)食事会は1年生全員で・・・・と思ったの。でも、B班の男子達を呼べば、彼らも気を使って“割り勘”にして支払いをすると思ったの。あそこの店の支払いは高額になる事は最初から分かっていた。だからB班の男子達には、それだけは、(させてはいけない行為だと)と思って内緒にして、と言ったの」と。
「B班の男子達には、改めて自分達が一度、御礼の食事会(A班6人の女子が主催)をセッティングするつもり」と言った。
※(後日、B班の男子8人を「叙○苑」に招待したらしい。)
春子は『けっこう、周囲には気を使っているんだな~安奈さんは・・・・』と思ったのだが、《数秒後、》安奈が口にした言葉に、背筋が冷たくなった。
安奈:「内緒だよ。S達に『自分達はキャンプ・登山の経験がある。何かあれば力になれると思う』と言った言葉に騙された。冗談、シャレ、“見栄を張る”では済まされない「詐欺行為」だ!いや、詐欺行為より始末が悪い。訴えて慰謝料も請求出来ないんだから!それに一日中、“罵倒、罵詈雑言を浴びせても気分が晴れる“という生易しいレベルの事ではないし。」
安奈:「そして、決めたの・・・・・・私を含めた6人は、あの『9人の男を絶対に許さない』と。在学中は全力で懲らしめてやるの・・それも、笑顔でね・・・あれだけ、肉体的・精神的に寒い思いをしたのは生まれて初めてだった。私を含めた6人全員。謝罪の意思表示も無く(反省の弁も無い)・・・・・・それを数回の食事会で許して貰えると思っている。(ナァナァで済むと思っている)・・・そんな無神経で世間知らずで傲慢な(!?)男達に・・・・思い知らせてやるの・・・・たっぷりと時間を掛けて」
安奈は無表情で言った。
それから3年の間、安奈達が行う合コンが開催される度に、9人は世に言う「サイフ君」として御招待されたのだった。
A班女子達の同級生、後輩達、知人で有名女子大の美女達が多数出席する合コン。
ええ格好しぃ&見栄っ張りな男達は当然の様に招待され、高額の食事代を支払うハメになるが、多数の美女達に囲まれて「(笑顔で)ご馳走様でした~」と御礼の挨拶をされると嫌な顔もできずにウェイターを呼び“会計”。
そして、一件落着!となる展開。
それ以外でも、アッシー君(自動車で御迎え、御見送り)、メッシー君(小規模の食事会の時の支払い係)として呼ばれたのであった。
何かあれば「あの1年生の登山の時の件・・・・」と言われたらしい。
いわゆる「水戸黄門の葵の御紋」を見せられた状態には、太刀打ち出来なかったのである。
卒業式の翌日、(A班+B班の)男達でサークルの打上げ(追出しコンパ)の時に聞いた話。
叔父が「S達が4年間の合コンで費やした額が、約350万円を超えていた」と言っていた。
俺:「350万円?新車が1台買える額だ!!」
叔父:「3年になる頃には、A班の女子達には周囲にバレない様に他の大学に彼氏がいて、それでもS達を『サイフ君にしていた』って聞いた。女の復讐って恐ろしいと実感したヨ」
叔父はしみじみと言った。
叔父:「君も女の接し方には気をつけた方が良いぞ!」
※教訓「女(女達)を本気で怒らせたら、本当に怖い」
以上が叔父さんの「大学時代の山岳部の思い出の“怖い話”」でした。
ある意味“怖い話”でしょう?
投稿ネーム:(ネーハイシーザー)
創部当時は本格的な登山を目標とするサークルであったらしいが、時代の流れと供に、単なる「日帰り的な登山部」(※現在のハイキング?)のサークルになってしまったのである。(その夜、反省会と称して「合コン」が開催される)
当時、1年~4年生で合計50人位は部員がいたらしい。(幽霊部員を含む。通常、部室に集まるのは20人くらい・・・)
そこの大学は関東エリアにあり、偏差値も65前後のレベルで競争率も意外と高い大学だった。
叔父の大学時代は、いわゆる「バブル経済期(1986~92年くらいの期間)」の真っ只中だったらしく、「世間もかなり浮かれて(?!)いた。」と言っていた。
叔父曰く「大学の生徒は大きく分けて2つのタイプに分かれていた」と言っていた。
① 付属中学→付属高校からエスカレーター式に進学してくる生徒
② 地方の高校から「一般受験」で入学してくる生徒
そして付属校から入学してくる学生の殆どは、いわゆる「金持ち、良い所の坊ちゃん&御嬢ちゃん、上流階級(ハイソファミリー)」の学生だった。(一部の例外を除く)
地方の高校出身者は「庶民階級・一般人」と言われる学生だった。
叔父が入学した春、1年生部員が30人ほど入部した。
金持ちグループが、男9人、女子9人。
叔父は「9人の女子は本当に美人モデル並の女子、アイドル並の美少女達だった」と評していた。
庶民グループは男8人、女子4人である。(叔父を含み、見た目が普通の人達だった)
ある秋の日の事、登山部の部長が1年生に召集をかけた。
部長:「1年生だけで一度、登山をして来て欲しい。日帰りの簡単なコースでも良いから・・・・そして、その登山活動の内容を(レポート用紙で5枚程度にまとめて)提出して欲しい」
《金持ちグループ→以下「A」班と呼ぶ》
A班のリーダー的な男(仮にSと呼ぶ)が「1年生は30人です。大勢で行っても、小学生の遠足状態になってしまうので、2班に分けたら良いと思います」と言い始めた。
金持ちグループの男女達の殆どは「それが良いわね!」と言った表情をした。
※いかにも「金持ちは金持ち同士で行動したい、一般人といっしょに行動なんて有り得ない」と言う様なニュアンスの発言に思えたので、(普段から《金持ちグループ》の男達は顕著に“一般人は話しかけないで”オーラを発してした感じがした。
女子達の半分は中立的な人間で、半分は前述した“オーラ”を発していた。)
《庶民グループ→以下「B」班と呼ぶ》
庶民グループの男女達は「そんなの・・・・どっちでも良いけどネ」と言う様な表情をした。
この時点で、なぜか叔父はB班のリーダーと見られていたらしい。
地方出身で背も高く頑丈な体格をしていたので・・・・という理由で。
部長:「じゃぁ、そのメンバー構成(グループ分け)は君達に任せるから、5日以内に登山ルートと(時間的な)スケジュール表を提出してくれ」
そう言い放ち解散となった。
翌日、大学に行き部室に入ると既に『登山ルート、スケジュール表、グループ分け』がホワイトボードに張り出され、決定されていた。
叔父は近くにいたB班の女子に「誰が勝手に決めたの?・・・・この登山ルートとスケジュール表と構成メンバー?」と言うと、B班女子が「A班のS君が勝手に決め、部長に提出して許可を貰ったらしい」と言った。
よく見ると、A班のメンバーは《金持ちグループの男9人、金持ちグループの女子6人の計15人》で構成されていた。
B班は《庶民グループの男8人、女子7人の計15人》で構成されていた。
なぜか本来、A班に入るであろう女子3人(3人はハイソファミリーに属するであろう女子。仮に、春子さん、夏子さん、秋子さんとする・・・・3人とも小柄でアイドル並みの美形だったらしい。この3人は“金持ちグループ”内では中立的な女子だった)がB班に入っていたのは、少し不思議?不自然に思えた。
叔父は翌日、春子・夏子・秋子の3人に講義の始まる前、声を掛けられた「今度の登山。よろしくネ!」と。
叔父:「こちらこそ・・それにしても、よく、あっち(A班のグループ)に入らなかったね!」
実は部長に飛び出された昨日の夕方、3人が帰宅のため校内を歩いていると、A班のリーダーSに、「自分達のグループ(金持ちグループ)に入り、登山しないか?他のメンバーは・・(金持ちグループのメンバーの名前8人)・・・・がいる」と話かけられたのだった。
彼女達は1年生全員で話し合いもしないで班編成を(決定)するのはフェアじゃないと思ったらしく、「○○さん、△△さん(B班の女子の名前)から誘われているので・・・・ごめんね!」と咄嗟に嘘をついて断ったらしい。
叔父:「Sって、そんな自分勝手・自己中心的なヤツなんだ・・・・」
そう改めて思ったらしい。
登山の3日前、部長を交えてミーティングを行った。
スケジュール表もA班が作成し、登山する地図(地形図)もあった。
その山は標高がそれほど高くはなく(登山の難易度は低い)、初心者でも無理がない山に見えた。
登山道は東側登山道と西側登山道があった。
各登山道の五合目と八合目、頂上に小さな山小屋があり、休憩ができるらしい。
A班のリーダー(S)が「A班、B班が各登山道の入り口までレンタカーで行きます。午前8時頃、自分達A班は東側から登山し頂上へ向かい、B班は西側から頂上に向かい登山します。そして、頂上で合流します。多分、昼12時30分頃になると思われます。そこで昼食を取った後、登ってきたルートを戻って下山しようと計画しています。これで、レポートが2パターン作成出来ると思います」と言い、「尚、途中ケガ人・病人等が出た場合、何らかのトラブル、事故があった場合は直ちに出発点に戻る事にします。」と説明した。
部長:「なかなか、良いじゃないか!ナイスプラン!レポートの件は忘れないでくれヨ!」
そう言って、軽くスタンディングオベーションのジェスチャーをし、「じゃ、気をつけて行って来てくれ」と言って部室を出て行った。
さて、この話に登場する、もう一人の学生(叔父の同期生)を紹介する。
名前を仮に「山田高志(タカシ)」君とします。
彼もB班のメンバーでした。
彼は地方の出身(確か東北の雪国だったと言っていた)で、あだ名は「駄菓子」君と呼ばれていた。名前が「タカシ」で「駄菓子好きで」いつも駄菓子を持ち歩き、食べていたから・・・・。
見た目は「田舎の素朴な兄ちゃん」という感じの男だった。
少しだけ「イジられキャラ」で、冗談も言う、時々「ボケる&ツッこみ」をする面白いキャラだった。
登山の当日、B班はレンタカー3台に乗り、登山道の西口の麓に集合していた。
天気は「うす曇」だったらしい。
皆、当日の昼食、水分補給用の飲料水、着替えをリックに背負い全員集合するのを待っていた。
駄菓子君は自分の原チャリ(50cc)で来る事になっていた・・・が集合時間になっても来ない。
午前8時15分になろうとしていた。
携帯電話の普及していない時代である。
連絡の取りようが無い為、待っているしか成す術がなかったのである。
叔父は「駄菓子のヤツめ!遅刻か・・・小学生の遠足の前日の様に嬉し過ぎて、興奮してなかなか眠れず、寝坊しやがったな~!」と言い、皆に聞こえる様に冗談を言った。
それから5分後(午前8時20分頃)、遠くから50ccを手で押してくる駄菓子君が見えた。
背中には大きなリック(キャンプ用の大き目のリック)を背負って、息を切らしながら早歩きで向かって来た。
駄菓子君:「(ハァハァ・息切れ)ごめん、途中、原チャリがガス欠になって(ハァハァ・息切れ)、途中、休み休み、来たら(ハァハァ・息切れ)・・・遅刻しちゃった(ハァハァ・息切れ)・・・ゴメン!(苦笑い)」
叔父は「大きなリックだな!エベレストにでも登る気か?」と、ツッコミを入れた。
一同、苦笑いした後、登山道を登り始めた。
季節は秋である。
途中の紅葉が皆の目を楽しませた。
五合目までは登山道も整備されていた。(砂利を敷いている山道。道幅も7mで広い)
しかし、そこを過ぎると急に「林道(土の道で道幅も4mくらいになり、左右には、見た事も無い『杉?』の様な太い樹木がひたすら生息する森)」も険しくなってきた。
高い樹木の生息する森のせいなのか、周辺が薄暗く感じてきた。
途中、15分の休憩をして、再び歩き出した。
時間はまだ、午前10時30分なのに・・・周辺は薄暗い。
歩きながら1人が(明るい声で)言った。
「早く、頂上に行こう!頂上に行けば皆が待っているし、見晴らしが良い筈だから・・・・」と皆を励ました。
駄菓子くんは一番後を歩いていた。
大きなリックを背負い無言。
そして、時々、空を見上げていた。
途中、五合目にある山小屋を見つけ、八合目の山小屋を目指して進んでいた。
時計は午前11時を指していた。
もう八合目まで来たと皆は思っていたが、山小屋らしき物は視界に入らない。
「ここって、何処なの?まだ八合目じゃないの?」と誰か言うと、駄菓子君が「早く登ろう。とにかく(八合目の)山小屋まで行こう。もう直ぐ、雨が降るかも・・・・」と言い出した。
皆は「なんで、そう思うの?」と聞き返した。
駄菓子君は「(風が)気温が急に低くなった。雲の流れが速くなった気がする。だから・・・・・・・自分は雪国出身の人間だよ。急に気温が下がれば、一雨来るかもしれない」と言った。
それを聞いた14人は早足で八合目にある山小屋を目指した。
少し急ぎすぎじゃないか?と思うくらい、そして女子達には酷なくらいな早足で。
途中、女子3人が「疲れた、もう歩けない。少し休もうヨ!」と言い出した。
駄菓子君は「雨に降られれば、歩く事もキツくなる。雨に濡れれば風邪もひく。だから、頑張って!」と言って励ました。
全員がバテバテになりかけた頃、林道の脇に山小屋らしき建物が見えた。
森を切開いた場所に建てられた山小屋らしい。
大きさ(小屋の中の広さ)は畳で約18畳くらい、はめ込みの窓が2つあり、小屋の真ん中には「薪ストーブ」がある小屋だった。(小屋の隅には、薪が20本程、備品としておかれていたらしい。)
※(映画「世にも奇妙な物語・映画の特別編」の「雪山」に出てくる様な小屋を想像して下さい。)
全員、中へ入り休憩。
そして、誰かが言った「なんだヨ!雨なんか降らなかったじゃないか!」と。
駄菓子君は「ゴメン!オレの取り越し苦労だった!今、11時20分だけど、ここで昼食を食べようよ」
と言うと、1人が「A班のメンバーも登っている途中なんだよ。皆、揃って頂上で食べたら良いんじゃないか?」と言い出した。
駄菓子君は「じゃあ、15分後に出発しようよ。女子達を少し休ませる為にサ・・・・そのくらいは良いだろう」と言った。
その提案は女子7人の満場一致(?!)で「賛成」とされた。
15分後、さあ出発しようと山小屋を出た瞬間、空から「ポッ」と一粒落ちてきた、と思ったら、10秒以後、雨がザンザン降りになった。
駄菓子君は「間一髪、セーフ・・・・アブね~!やっぱり(雨が)来たか」と言った。
14人のメンバーは「あらっ、予想が当たったね!」と言った表情をした。
そして、雨が上がるまでは暫く待機となった。
30分待ち、1時間待ち、一向に雨が止まない。
誰かが言った「A班も(東の登山道の)山小屋で待機だろうな。ここで昼食を食べて、最悪の場合、(時間的に登山が無理なら)雨が止み次第、頂上に向かわずに下山しようか?」と。
午後1時30分。
15人揃って昼食を食べていた時、「この雨、止むのかな?一向に弱くならないし・・・ここまで登るのに4時間は掛かっているのに・・下山するのにも、それくらい(の時間)掛かるんじゃないの」と誰かが言った。
各々、遅くとも午後6時頃迄には下山し、麓まで戻れると頭の中で計算していたらしい。
無理もない、地形図では頂上までは、(直線距離で)短い道のりである。
等高線を考えていなかったみたいである。
急な傾斜ではないものの、直線道路ではないのであり、緩やかな登りの(大きく蛇行した)登山道である。
少しづつだが確実に体力は消耗しているのである。
2時間が経過した。
午後3時30分を過ぎたあたりから、日が傾いてきて薄暗くなるのを感じた。
誰かが言った「強行軍で下山しようか?雨は降っているけど、下りの登山道なら早歩き出来るんじゃないか?」と。
しかし、B班の15人中、誰1人として雨具を持参した者がいなかった。(今思うと、登山をナメている。登山装備の(常識的な)基本を守らない致命的なミス)
駄菓子君は「ダメだ!危険だよ。男達だけだったら、それも出来るけど・・・無理して急いで、足を滑らせたら怪我をするかも!」と。
「だったら、明日の朝までここに居るのか?おれは反対だ!」と言って、山小屋のドアを開けた。
しかし、そこには予想もしなかった事が起こっていた。
雨脚は少し弱くなっていたが、山岳地帯特有のモヤ(ガス)が発生していたのである。(視界が10mくらいだったと言っていた)
全員、脳ミソがフリーズした。
午後4時30分を過ぎると、本格的に暗くなってきた。
現在であれば、携帯電話で遭難?の連絡も出来るが、当時はそんな物を所持している者は誰一人いなかった。
気温が下がり冷えてきたので、誰かが「薪で火を焚こう、冷えてきたし・・・・・」と言うと、駄菓子君は「まだ、ダメだ。まだ早い。そこにある薪の量では6時間も持たないよ」と言った。
それから約2時間が経過した。
完全に日が沈み、周囲が真っ暗で文字通りの「漆黒の闇」である。
駄菓子君は、リックから「ロウソク(寺にある様な太くて長い物を2本)」「ミニ懐中電灯」を取り出し、皆の前に置いて見せた。
そして、一本のロウソクに火を燈し、薪ストーブの上に立てた。
少しだけ山小屋の中が明るくなった。
それは“何かがあっても、大丈夫だよ”といったパフォーマンスだったらしい。
午後8時になり、誰かが言った。
「冷えてきた、もうストーブを焚いても良いんじゃないか?」
駄菓子君は「まだ、早いよ」と言うと、
男の一人が「じゃ、いつになったらストーブを焚くんだよ!」と半切れ状態で言った。
駄菓子君は「(夜)10時頃から効率的に火を焚けば、早朝5時迄は暖かいと思う」とズバリ言った。
一同、キョトンとした。
そんな事を計算しているのか?この状況下で!
「・・・・なんか凄いヤツだ」と叔父は初めて、駄菓子君を尊敬の目で見た。
午後8時30分になり女子の1人が言った。
「駄菓子君・・・・お菓子持ってないの?あったら・・・食べさせてよ・・・・・」と。
駄菓子君:「うん!持っているよ!でも・・・・・ダメ!」
女子は「なんで・・・!どうしてヨ!意地悪しないで・・・食べさせてヨ」と涙目で言った。
周りの男達も「(駄菓子を)持っているなら食べさせてやれよ」という目で、駄菓子君を見た。
午後10時30分になり、女子の1人は空腹が我慢できなくなったのであろう「お願いだから、食べさせてヨ」と涙目で訴えた。
その場にいた男達も、言葉には出さなかったが同じ思いだった。
駄菓子君は「うん!そろそろ、いいカモ。先ずはストーブで火を熾(おこ)してからネ・・・」と言い、一同「エッ!?」という表情を浮かべ、暫くは駄菓子君の行動を皆で見ていた。
火が灯っているロウソクを地べたに立てた。
そして大きなリックから、週刊誌を取り出し、5ページ分を裂いて軽く丸めて、薪ストーブに入れた。
小屋の片隅に積んでいた長さ60センチくらいの小枝を5~6本掴み、20センチほどの長さに折り、ストーブへ入れた。
皆はその手際の良さを関心して見ていた。
そこへ100円ライターで火を入れ、火が熾ったところに、空かさず細目の薪を3~5本入れたのであった。
数分後、今度は太目の薪を投入した。
見事に薪ストーブが(正常に)稼動したのであった(手順、表現が変かな?)。
次にリックから取りだしたのは、「片手鍋」と「(水の入った)ミニのポリタンク(3.0リットルタイプ)」と「キャンプ用のガスコンロ」だった。
片手鍋(1人暮し用でインスタントラーメンを作る時に使う大きさ径20~23センチの大きさ)に水を注ぎ、湯を沸かし始めた。
皆は「何を始めるんだ?」と思い、ずっと見つめていた。
リックから「チキ○ラーメン」を2袋取り出し、開袋前にバリバリと手で砕き始めた。
いわゆる、「ベビースターラ○メン」状態にしたのである。
2袋分をおもむろに鍋に放り込み、フタをして煮始めたのであった。
再び週刊誌を破いて、人数分の枚数を用意した(紙皿代わりの紙トレイ?にしたのであった)。
皆、最初の内は「どうせ少しの駄菓子しか食べれらないんだろうな」と思っていたが、予想に反して、リックの中から次から次へと出てくる出てくる駄菓子達。
それを人数分に分け始めた。
【叔父さんの記憶】
・ ココナッツ風味のサブレ・・・・(5枚)記憶確定(食べていて歯にくっ付いて記憶に残った)
・ 歌舞伎揚げせんべい・・・・(3枚)記憶確定(美味しい定番せんべいなので、記憶に残った)
・ しょうゆ味のせんべい・・・・(4枚)記憶確定(梅味で、高級な感じが記憶に残った)
・ 南部せんべいピーナッツ入り・・・・(3枚)記憶確定(大好きな駄菓子。記憶していた)
・ チ○ルチョコ・・・・(2個)記憶確定(当時、CMが流れていて1個10円。好きな駄菓子の1つ)
・ サラミ(4cmで鉛筆の太さ)・・・・(4本)記憶確定(駄菓子としては想定外。記憶に残った)
・ おしるこ味ビスケット・・・・(4枚)記憶が曖昧
・ チョコレートビスケット(現在のアル○ォート系?)・・・・(4枚)記憶が曖昧
・ 不○家の「ミル○―」飴・・・・(2個)記憶確定(10年ぶりに口に入れた。懐かしい味で記憶)
以上の駄菓子が紙皿に山の様に盛られ、メンバー全員に配られたのであった。
それを見た全員が失笑した。
女子は「駄菓子君って、いつもこんなに沢山持ち歩ているの?」と苦笑いをしながら訊いた。
駄菓子君は「山に入ると、何が起こるか解らないからネ」と。
そして、配膳(!?)が完了して、駄菓子君は「さあ、皆さ~ん、お待たせ~召し上がれ~」とマダム風におどけて言った。
男達は、ガッ付いて食べ始めた。
女子達は上品に?食べ始めた。
普段は口にしないであろう駄菓子に、春子さん・夏子さん・秋子さんの「上流階級シスターズ」3人は「駄菓子って・・・・意外に美味しいね」と言って食べていたらしい。
そうしている内に、コンロに掛けていた片手鍋のインスタントラーメンが煮立ってきた。
そこに、砕いた「南部せんべい」を数枚投入した。
数分後、リックから人数分の「紙コップ」と「割り箸」を取り出し、ラーメンスープ?を人数分、均等に分けて配った。
15人で分けると少ない量のスープだったが体が温まり、空腹が満たされた為か、あれだけ殺伐とした空気が180度変わった。
女子:「駄菓子君って、すごくサバイバル慣れしているね!どこで教わったの?」
駄菓子君:「叔父さんが、山(炭焼き小屋)で仕事をしていてね・・・手伝いに行った時に・・・・いろいろな事を教えてもらったんだ」
皆、空腹も満たされたが、なかなか寝る事も出来ないので駄菓子君の話を聞いていた。
そこで、駄菓子君は究極(!?)の「山の知識」を皆に教えた。
駄菓子君:「炭焼き小屋で仕事の手伝いをした時、次のような事を言われたんだ」
駄菓子君の叔父さん:「高志、山に入る時、忘れてはならない事は何だか知っているか?」
駄菓子君:「う~ん・・・熊や蜂、ヘビ(野生の獣)に襲われない事かな?あと、鉈(ナタ)を持っていく事かな」
駄菓子君の叔父さん:「それも大事な事だけど、一番大事な事を忘れている」
駄菓子君:「それって・・・・何なの?」
駄菓子君の叔父さん:「山に入る時、忘れてはならない事は、(食い物・飲み物・防寒対策の物)だ」
そう言われてみれば至極当り前の事である。
駄菓子君の叔父さん:「一旦、山に入ってしまえば、10000円札は只の紙切れにしかならない。町中で目の前にスーパー、コンビニがあって初めて役に立つ紙(紙幣)になるんだ。忘れるなよ。」
そして、「山に持っていく食物は出来るだけ(軽い物で、できれば腹持ちの良い物を多目に)準備する事だ。飲み物は・・・・出来れば、味の無い飲み物【水】だ。水は傷口を洗えるし、目に入ったゴミを流せる。炭酸や清涼飲料水(甘いジュース類)だけじゃダメだ。忘れるなよ」と教わったと。
皆は「なるほどなぁ~」と感心して聞いていた。
今が、その状況にあったのだから。
駄菓子君は「さあ、もう(午前)1時過ぎだ、少し寝た方が良い。明日は・・・・多分、9時頃には下山出来ると思うよ。ストーブの火は消さない様に、僕が見ているから」と言って、皆を眠らせたのであった。
薪を節約して燃やして、朝まで火の番をしていた。
朝、午前8時30分頃、皆は目を覚ました。
雨は完全に上がったのだが、霧(山のモヤ・ガス)が心配だった。
駄菓子君は「皆、眠れた?まだ少しガスッてるけど、あと1時間もすれば、下山は出来ると思う」と言うと、皆は一様に元気な表情を見せたのであった。
ポリタンクに残っている水を片手鍋に入れ、コンロに火を点けた。
そこに、ステェックタイプのインスタントコーヒー(の素)を5本入れ、スティックタイプの砂糖を5本入れて、(モーニング?!)コーヒーを作ったのであった。
それを見ていた14人は「この人・・・・凄い人だなぁ~。
こんな事・・・・自分は絶対に真似出来ない・・・もう、(駄菓子君)なんて軽々しく呼べないなぁ」と思ったのであった。
15人分の紙コップにコーヒーを注ぎ、皆はそれを飲み干した。
そして、駄菓子君は皆に(7cmくらいのチューブ入りの琥珀色の液体)を手渡した。
「これ、何なの?」と叔父さんは、その物体を凝視して尋ねた。
駄菓子君は「これは、チューブ入りの(蜂蜜)だよ。これを腹に入れて下山の準備は完了するんだ」と言ったのであった。
15人はそれを口に流し込んだ、そして、しみじみと言った「蜂蜜って・・・・甘いんだなぁ」と。
皆、ほんの少しだけ体力が(パワーアップ)した気分になった。
下山の準備が整ったのを確認して、駄菓子君は「されば、各々方、準備はOKかな?・・では・・いざ・・・・出陣~ん」と時代劇の出陣シーンの台詞を真似て言った。
全員、半分悪ノリで「オ~ッ!」の掛け声で、山小屋を出発したのであった。
雨は上がって、晴れていて視界も良好だった。
15人は来た道を一気に駆け下りたのであった。
下り道は2時間30分程で登山道入り口に辿り着いたのであった。
B班は皆、無事に麓に辿り着いた。
気懸かりなのはA班のメンバーである。
少し休憩してから、東側の登山道入り口までレンタカーで行ってみた。
そこには、高級車4台が駐車してあった。
「この自動車って確実にA班の(メンバー達の)物だよね」と誰もが思った。
1人が言った。
「登って(行って)迎えにいかないか?誰かがケガをしているかもしれなし」
駄菓子君は「もう少し待ってみよう。自分達だって、そんなに体力が残っているわけじゃないし」と言った。
時間も昼12:00になろうとしていた。
B班の1人が「登って迎えに行こうよ。女子達はここにいて待ってもらえば良いから」と言い始めた。
はっきり言って、誰もそんな体力が無かった。
できるだけ早く家に帰りたかったのである。
結局、駄菓子君・叔父さん・(迎えにいこうと言い出した)男子の3人が行く事になった。
3人が登山道に向かい歩いて行くと、A班の15人がフラフラの足取りで下山して来た。
彼等がB班を見つけると、一瞬(あぁ・・助かった・・B班だ・・・・)と言った表情をして、その場にヘタり込んでしまった。
A班の女子6人は両手を地面に着いて、うな垂れて動けなかった。
B班の女子7人はA班の女子6人に駆け寄り、介抱し始めた。
A班の女子6人の殆どが「(体を擦りながら)寒い」「頭が痛い」「(咳をしつつ)吐き気がする」と震えながら小声で呟いていた。
顔色も悪く、立てないほど衰弱していた。
駄菓子君は「あ~ぁ!全員、風邪ひいちゃったな!熱もあるみたい。早く病院に連れて行った方がいいな!」と言うと、B班の女子達が運転する3台のレンタカーで6人を最寄の病院に連れて行った。
残った男達は、暫く休んでから駐車場にある自動車で家に帰ったのだった。(後日、50ccは駄菓子君が自主回収)
俺は「いったい、この話のどこが怖いの?みんな無事に下山したのでしょう?」と叔父に尋ねた。
叔父は「この話の本当の怖さは、数日後からなんだよ・・・・」と苦笑いをして言った。
A班の女子6人はそれから3日間、大学を休んだ。
体調不良、風邪、軽い肺炎・・・。
B班の女子達は心配していたが、1週間後、女子達13人が「女子の体育(実技)」の時間、顔を合わせた時、元気そうな姿をみて一安心した。
春子は「(6人は)もう、体調は大丈夫なの?快復した?」と、A班女子の1人に話かけた。
※(A班なので、仮に・・・・安奈)A班女子のリーダー的な存在である。
安奈が「もう大丈夫みたい。この間は私達を病院に連れて行ってくれて“ありがとう”」と御礼を言うと、安奈は「放課後、予定が無ければ、私達(6人)がお気に入りのパーラー(ケーキ屋)に行かない?7人に御礼と言うには程遠いけど・・・」と言った。
他のB班の女子達は予定があったらしく断られた。
他のA班の女子達も予定があり結局、春子、安奈の2人でパーラーに行った。
パーラーに入り、安奈がお勧めのケーキと紅茶を2セット注文した。
そして、それとなく世間話が始まった。
春子:「この間は、大変だったネ!そっちの(A班)は、あの夜、どうだったの?」
安奈:「男はイザという時に本性が判るっていうけど、本当ネ。初めて実感した」
そう溜息を漏らした。
春子はB班の山小屋での一夜の出来事を安奈に話した。
安奈は「あの駄菓子君が・・・・・・へーっ?!人は見かけだけで判断できないものね!只の田舎のお兄ちゃんだと思っていたけど・・そうなの・・羨ましい話」
安奈は再び溜息をついて、A班の男達がいかに「頼り無く、無責任で、使えない男」だったかを話し始めた。
登山部の部長に呼び出された当日の夕方。
安奈達は帰宅する時、S君・他2人から大学の校門で呼び止められた。
Sが「自分達のグループ(金持ちグループ)に入り、登山しないか?他のメンバーは・・(金持ちグループのメンバーの名前5人)がいるんだ。」と誘いがあった。
《自分達は、何回かのキャンプ・登山の経験がある。何かあれば力になれると思う》そして、登山終了後、夜の反省会(合コンの事)も任せて欲しい」と言ったのだった。
春子は、それより少し早く自分達(3人)も誘われたが、断った事を内緒にして話を聞いていた。
安奈は、約1週間前の登山状況を話し始めた。
《7日前の話》
東側の登山口から登り始めて2時間くらいは、世間話をしながら休憩をとりつつ楽しい登山を満喫していた。
西側と一概に登山道の難易度を比較は出来ないが「結構、キツイ登山道だった。」と安奈は言った。
途中、五合目にある山小屋を確認し、周囲の景色等の写真を撮り(レポート用の資料として)登って行った。
八合目の景色の写真を撮り、山小屋を確認し頂上を目指そうとして出発しようとした時、天気が怪しくなった。
A班女子が「あれ?怪しい雲行きになってきたヨ。雨が降るんじゃないの?」と言うと、Sが「う~ん。今、午前11時30分か・・10分くらい様子を見ようか?」と言い、待機を提案した。
10分後も天気は変わらず。
ここに居てもしょうがないないので、登山を続行する事になった。
しかし、山小屋を出ようとした、その時、空からポツリと一滴落ちてきた・・と次の瞬間、ザンザン降りの雨。
こちらも、雨具を持参した者がいないので、暫し待機の延長となった。
雨も止む気配がなく、午後1:00頃、昼食を取った。
そして、再び雨が止むまで待機。
それから2時間が経って(午後3:00)、雨は降り続く。
そして、モヤ(山のガス)が山小屋周辺を取り巻き始めた。
A班男が「こんな時は、来た道を下山して戻って行くのが決まりだった筈。下山しよう。B班だって、この雨だ。多分、(既に)下山していると思う。」と言い出した。
皆が下山を提案してきた。
Sは一応、リーダーだったので暫く考えて「この雨が小降りになり、モヤが消えたら下山しよう」と言った。
しかし、それから1時間が過ぎた。
午後4:00になり、日が暮れ始めた。
Sは「下山道は(徐々に薄暗くなり)足元が滑るし見え難くなる可能性がある、これから4時間掛かる下山は危険だ」と言い、下山は中止となった。
安奈は「東側なので、早く暗くなったのだと思う」と言った。
さて、これからがB班との違いである。
午後7:00、夜になり気温が下がり、薪ストーブで火を熾そうとしたが、誰1人として薪ストーブで火を熾す事が出来なかった。
1人の男が薪を2、3本ストーブに投入し、直接ラーターで火を点けようとした。
が、それで火を熾せる筈が無い。
脂汗を流して、必死にライターを「カシュカシュ、カシュカシュ」と着火を試みるが、失敗。
9人全員「喫煙者」である。
ライターは9個あるのだが・・・・
それに、余分な食料を持って来ていない。
そして、山小屋の中は真っ暗である。
時々、ライターを灯しては、一人の男は「ここが町(市街地)なら、コンビニにでも一っ走りして、食料を調達するだけどナァ。今、現金16万円、とアメリカン・エ○スプレスのカードがあるのに・・・残念!」と笑えない“戯言”を言い放つ男もいた。
女子は「(キャンプ、登山の)経験があるんでしょ?誰か、早くストーブに火を点けてよ」と言っても
誰もその方法を知らなかったのである。
男達はお互いに顔を見合わせ「黙秘権」の状態だ。
挙句の果てには「キャンプ道具があれば、一発で火を熾せるのにナァ」とか言い出した。
Sは6人を誘った手前「ここでの不手際は、後日10倍にして埋め合わせするから・・・・」と言い出したのだった。
女子6人は心の中で「100倍の埋め合わせでも足りない。それより今、ここにある薪ストーブに火を焚いて欲しい」と切望し、地べたに体育座りをした状態で首を落としていた。
お嬢さん育ちの人間には余りにも過酷な「寒さと空腹」の悪夢の一晩であったらしい。
その状態は翌朝9:00まで続いたのであった。
安奈は「本当にヒドイ目に遭った。二度とあんな事・・・・・・御免だわ!」と、声を荒げて言った。
2人の間に数秒間の沈黙があって、春子が「それじゃぁ・・・登山サークル・・・・ヤメ(退部し)ちゃうの?」と尋ねた。
安奈:「まさか、このままじゃ、絶対・・・許せないの」
安奈:「これからB班の女子には足を向けて寝れないネ」
そう言って微笑んだ。
それから暫くは女子トークをしてから、店から出た。
数日後、部室に(1年生全員が)集合した時の事、部長に軽く(?)厳重注意をされた。
※「山で遭難があればこのサークルが廃部になるんだゾ」と、恐ろしい小言を囁かれたのであった。
部長が「以後、注意して行動してくれヨ!」と言って退室し、1年生だけが部室に残った。
全員、暫く沈黙状態。
突然、明るい声が部室に響いた。
安奈:「終わった事はしょうがないヨ!」
安奈:「ねえ!今回の登山の反省会(合コン)をしない。“各班ごと”に・・・・」と言うと、春子は「えっ!1年生全員(A班+B班)で反省会をすれば良いんじゃない?」と言った。
安奈:「うぅん(首を振って)。“今回だけは各班ごと”にしましょうヨ」と半ば強引な口調で主張した。
それも、笑顔で・・・・その場は、なんとなく満場一致で決定した。
B班のメンバーも「その方がベストなんじゃない。今回は・・・」と言った雰囲気だった。
B班は「リーズナブルな居酒屋&カラオケ」で反省会を開催する事となった。
A班は安奈が場所を決定し、Sに、その場所で反省会をしたいと提案した。
時代はバブル全盛期。
金持ちグループの「男子9人、女子6人」の合コンである。
そこは「フランス料理のフルコース」の食事ができる超高級レストランであった。
1人当り、○万円のコース料理である。
食事が始まり数分後、安奈が「(男子の)皆はドンペリを飲んだ事があるの?私は1度も無いんだよネ・・・飲んでみたいナァ~」
他の女子達数人も「私も飲んだ事が無い。瓶も見たことが無い」と言うと、Sが「じゃぁ試しに、1本持ってきてもらおう。ロゼでもいいかな?」と言ってオーダーをした。
この間の件、(山小屋で「ここでの不手際は、後日10倍にして埋め合わせするから」)と言った手前、女子達のリクエストには全て応えたのだった。
反省会(食事会)がお開きになる頃、安奈は言った。
「ここは女子も“割り勘”になるんでしょ?いくら払うの?」と笑顔で“ワザとらしく”尋ねた。
Sは「いやぁ~(この間の件があるから)ここは、自分達(男子9人)に任せて欲しい」と言った。
他の8人も、「まぁ、今回は・・・・(仕方ないナ)」と顔を見合わせていたのであった。
6人の美女達が笑顔で「ご馳走様でした~」と言われた時は、男達は苦笑いをしていた。
翌日、春子と安奈は部室で昨日の反省会の内容を報告しあった。
春子:「こっちは、駄菓子君を“上座に祭って”飲んで食べて、盛り上がったヨ」
安奈:「こっちは高級レストランのフレンチディーナーよ。ドンペリも飲んだよ」
春子:「ドン・・・ペリって!?高いんじゃないの?あのシャンパンは?」
安奈:「そうらしいね!でも私達は一銭も支払っていないし。全部、男達に任せたから」
春子:「こっちは2次会込みで、1人5000円で済んだけど、そっちは・・・・?」
安奈:「さあ~(?)15人参加で、一人当り18000円、でドンペリのロゼっていうのを注文して45000円位だったらしいけど・・(15人×18000円+45000円)約32万円くらいなんじゃない?」
春子:「(絶句して、数秒後)ホントに!・・・・大丈夫なの?彼らは?支払えるの?」
安奈:「彼らは金持ちの御坊ちゃん達なの。9人で折半(!?)しても1人当り35000円くらいでしょ。安いものヨ」と言って微笑んでいた。
その顔に表れた表情は「意地悪な微笑」だった。
安奈は「その内、女子だけで焼肉(を一緒に食べに)行こうヨ」と言い出した。
春子も「そうね!女子達だけの食事会も良いかもね!」と言った。
数日後の月曜日。
昼、春子が1人学食でランチを食べていると、安奈に話しかけられた。
安奈:「今週の金曜日、焼肉(食事会)を食べにいかない?女子全員で」
春子:「うん!いいね。(B班の)みんなに予定を確認して聞いておくネ!」
安奈:「(食事会の)会場は任せて!それと(B班の)男子達には一応、内緒にしておいてくれない?」
春子:「えっ!なんで?(話くらいしても良いのでは?と思った)」
春子は不思議そうに言った。
安奈:「一応、こっちの都合と・・・・いろいろと・・・・順番があるから」
春子は言葉の意味が理解出来なかった。
春子はB班の女子達に予定の確認をした。
「全員出席」となった。
B班の女子「焼肉行くのでしょ!会場は何処?あまりに高級店だと・・・(割り勘は)キツイよ」と言うと、春子は「全て安奈さん達に任せてある。無茶な事はしないと思うけど」と言った。
金曜日の夕方、女子全員が入った焼肉店は「叙○苑」だった。
東京でも指折りの高級焼肉店だった。
B班の女子達は「割り勘で1人10000円超えるのかな・・・・よりにもよって、なんで、この店なのヨ」と、不満をタラタラ言い出した。
店に入ると、奥の座席(貸切状態)にはA班の男子達(金持ち御坊ちゃん9人)が座っていた。
Sは「さぁ皆さん、こちらに座って下さい」と言って、女子達をエスコートした。
B班の女子達はキョトンとして、促されるまま席に座ったのであった。
Sは「先日、登山の際は、御心配と御迷惑をかけてしまいました。せめてもの御礼です。今日は思い存分食べて下さい。」と開会の挨拶(!?)があった。
安奈は「と言うわけで、支払いは彼等が持つから心配しないで。遠慮は無用よ。好きな物をオーダーして」と、会食のスタート宣言。
B班の女子達は、「なるほど、そーゆー理由なんだ。それじゃ~遠慮なく」という事で、普段は食べる事の出来ない《ザ・肉》をオーダーした。
幻の“シャトーブリアン”、高級しゃぶしゃぶコース、高級すき焼きコース、単品料理・他。
そこでの会計は男子9人、女子13人で、約28万円だった。
※ (会計は男子9人が清算して、一人当り、約31000円の支払いだった)
翌日、春子が安奈に尋ねた。
春子:「昨日は大丈夫だった?私達も少し(会計の一部)を出そうか?」
安奈:「心配しないで。あの男達は女子達の前では《ええ格好しぃ&見栄っ張り》だから」
春子:「でも、よくあの高級焼肉店をセッティングしたね。(高額の支払いは必至な焼肉店なのに)」
と《尋ねる様に言った》
安奈は「先日、フランス料理を食べていた時、思ったの」・・・・・・・
私達が下山してきた時。
あの時、B班の女子達も一晩大変な目に遭った。
確実に疲れて、体力も消耗していた筈。
それなのに、自分達を介抱し、病院に連れて行ってくれた。(何事も無ければ、B班の女子達には関係の無い行動。
自分達(女子6人)は何かしら、御礼をしなければならないのではないか?
情けないが、どんな形で御礼をしたら良いか?思いつかない。
そして、本来はA班の男子達が病院に連れて行くべきなのだ。
しかし、彼らは憔悴しきっていた為、それが出来なかった。
したがって、あの時、“何一つ男達は責任ある行動を取っていない”のではないか?
変わりに、その行動(救援活動)を行ってくれたのは“B班の女子達”である・・・・・・・
安奈は「(B班の)彼女達には何らかの御礼をすべきなんじゃない?大人なら、それ位の気遣いは常識なんじゃないかしら?」と女子流の理屈(!?)をSと他8人に提言したのだった。
春子は、なんとなく彼女の理屈を理解した。
支払いは高額だったが「まぁ~坊ちゃん達だから、今回、このくらいの事は・・・・アリかナ!」と思ったらしい。
そして先日、安奈が言った。
「(B班の)男子達には一応、内緒にしておいてネ」の意味を説明し始めた。
「最初は(焼肉店の)食事会は1年生全員で・・・・と思ったの。でも、B班の男子達を呼べば、彼らも気を使って“割り勘”にして支払いをすると思ったの。あそこの店の支払いは高額になる事は最初から分かっていた。だからB班の男子達には、それだけは、(させてはいけない行為だと)と思って内緒にして、と言ったの」と。
「B班の男子達には、改めて自分達が一度、御礼の食事会(A班6人の女子が主催)をセッティングするつもり」と言った。
※(後日、B班の男子8人を「叙○苑」に招待したらしい。)
春子は『けっこう、周囲には気を使っているんだな~安奈さんは・・・・』と思ったのだが、《数秒後、》安奈が口にした言葉に、背筋が冷たくなった。
安奈:「内緒だよ。S達に『自分達はキャンプ・登山の経験がある。何かあれば力になれると思う』と言った言葉に騙された。冗談、シャレ、“見栄を張る”では済まされない「詐欺行為」だ!いや、詐欺行為より始末が悪い。訴えて慰謝料も請求出来ないんだから!それに一日中、“罵倒、罵詈雑言を浴びせても気分が晴れる“という生易しいレベルの事ではないし。」
安奈:「そして、決めたの・・・・・・私を含めた6人は、あの『9人の男を絶対に許さない』と。在学中は全力で懲らしめてやるの・・それも、笑顔でね・・・あれだけ、肉体的・精神的に寒い思いをしたのは生まれて初めてだった。私を含めた6人全員。謝罪の意思表示も無く(反省の弁も無い)・・・・・・それを数回の食事会で許して貰えると思っている。(ナァナァで済むと思っている)・・・そんな無神経で世間知らずで傲慢な(!?)男達に・・・・思い知らせてやるの・・・・たっぷりと時間を掛けて」
安奈は無表情で言った。
それから3年の間、安奈達が行う合コンが開催される度に、9人は世に言う「サイフ君」として御招待されたのだった。
A班女子達の同級生、後輩達、知人で有名女子大の美女達が多数出席する合コン。
ええ格好しぃ&見栄っ張りな男達は当然の様に招待され、高額の食事代を支払うハメになるが、多数の美女達に囲まれて「(笑顔で)ご馳走様でした~」と御礼の挨拶をされると嫌な顔もできずにウェイターを呼び“会計”。
そして、一件落着!となる展開。
それ以外でも、アッシー君(自動車で御迎え、御見送り)、メッシー君(小規模の食事会の時の支払い係)として呼ばれたのであった。
何かあれば「あの1年生の登山の時の件・・・・」と言われたらしい。
いわゆる「水戸黄門の葵の御紋」を見せられた状態には、太刀打ち出来なかったのである。
卒業式の翌日、(A班+B班の)男達でサークルの打上げ(追出しコンパ)の時に聞いた話。
叔父が「S達が4年間の合コンで費やした額が、約350万円を超えていた」と言っていた。
俺:「350万円?新車が1台買える額だ!!」
叔父:「3年になる頃には、A班の女子達には周囲にバレない様に他の大学に彼氏がいて、それでもS達を『サイフ君にしていた』って聞いた。女の復讐って恐ろしいと実感したヨ」
叔父はしみじみと言った。
叔父:「君も女の接し方には気をつけた方が良いぞ!」
※教訓「女(女達)を本気で怒らせたら、本当に怖い」
以上が叔父さんの「大学時代の山岳部の思い出の“怖い話”」でした。
ある意味“怖い話”でしょう?
投稿ネーム:(ネーハイシーザー)