実家は民宿をやっている。

天然温泉が自慢だが、湯量が少なくい。
さらには場所も悪くて客足がアレなかんじだ・・・。

何より一番近くの村まで山を抜ける国道に出てから人の足で二十分。
しかもその村がコンビニも一軒もないいわゆる過疎地という有り様だ。

そんな立地でも生き残れるにはもちろん理由がある。
ズバリ観光が目的ではない客を会員として囲うこと。
覗いたり盗撮ができたりするようなロケーションは山の中にくらいしか無い上に、その山もより麓に近い国道を除けば山もうちの物。

元々は山菜の窃盗を防ぐために張ったフェンスには当然のことながら地権者による退去命令が書かれたプラカードが張ってある。
壊しでもしたら器物損壊、中に入ったら不法侵入。
手間を掛けてつくりあげた陸の孤島は、つまるところ、お客様を守るためのものなわけだ。

もっとも悪名高い週刊誌なんかが飼ってる飢えたフリージャーナリスト崩れなんかは、フェンスを工具で刻んで穴開けて入ることもある。
そういう時はどの角度からの盗撮かがわかれば、不法侵入がその掲載された写真一枚で立証出来てしまうので、たいていは出版社の方が折れてうちでの話は記事にはならない。
なのでうちの実家はそっち界隈では山姥の宿とか呼ばれてるらしい。

そんな煮え湯を飲まされたのの中に仮名トミタさんてのがいる。
本人曰く結構な芸能人スキャンダルを掴んだものの、冗談抜きで告訴一歩手前までいって、原稿料とリスクを天秤にかけて諦めたそうだ。

その後は純粋に宿と山に興味を移したとかいって、俺が中学校位の頃からよく話をしにきてくれた。

最初は警戒していたけれども「お客様の事については聞くつもりがない。どうせ記事にできないしそっちもまさか家業を壊す気はないだろう」といったので「お客様も家族だから売らない」といったら、むむむと唸った後で何かつぶやいていた。

以降、近くを通る度お土産をくれてお礼に山仕事の手伝いの話をする関係になった。

確かあれは高校二年の夏だったと思う。

進学の為に近くの街の親戚の家の納屋ぐらししていた俺が実家に帰ると、すっかり文通相手じみたトミタさんからの手紙があった。

近くの山の持ち主に許可をとって今度そこにある古い廃屋の取材に来るという話。
仕事が雑誌から映像制作に変わっていて、ちょっと興味があったので両親に頭を下げた。

この頃の両親はトミタさんを暴走癖はあるが物分かりはいい憎めない奴とみていて、あんまり友達が出来ない俺にとって年上のいいおじさん的立場だってのも理解してくれてたので、芸能人にサインを頼む色紙をもたせて送り出してくれた。

国道に出て待っていると予定より一時間遅れでロケのバンが来た。
見慣れた顔が一人、それがネドさん。
取材先の廃屋の持ち主。

昔、俺がやまなびの仕事の最中に、うっかり仕事忘れて昆虫採集に熱中してたせいで、日暮れ前に家に帰れず迷子になった時探しにきてくれた村の衆の一人だ。

お医者さんで、あの当時で確か70歳越えてたけど、山歩きが趣味っていうなかなかな健脚。
他に名前もきいたことのないような女性芸能人が一人と最低限の人員だった。

倒木のせいで途中から歩きになったハプニングを経て、どうにか廃屋についた俺たちは廃屋の前にテントを張って撮影時間になるまでをしのいだ。
もっとも、俺は気が気じゃなかった。

やまなびっていうのは山菜人と書いて、うちの旅館では山菜採集と源泉からお湯を運ぶ樋の点検をする仕事で、本格的に一人でそれをやるようになってから野生児っぽい勘は身についてた。

どんなものかっていうと、都市に出ると普通よりかなり良い耳のせいで、周囲の音を拾いすぎて落ち着かないけれども、一方でこういうところではとにかく役立つ。

その勘に訴えかけるんだ。
葉鳴り以外の音が無さすぎるって・・・。

なんか、避けるようなものがあるんじゃないかって。

収録がはじまって雇われ霊能者がほんとか嘘かもわからないことをペラペラくっちゃべってる中で、なんであの人はこの嫌な種類の静寂がわからないんだろうって思ってい。

すると、トミタさんがポットから熱いお茶を御馳走しにきてくれて。

「顔青いけどどうした?」って聞くんで「ここ、虫の音が少なくて変だ」っていったら「お前もそう思うか」って、いつのまにか近くにいたネドさんも同意した。

「そんなに変ですか」ってトミタさんがいうので「俺、小さい頃夜の山で助けが来るまで一人で震えてたことがあるんです。でもその時の山はこんなに冷たくなかった」

「うん、ここらはリルリルリリリと虫がうるさ」

ネドさんが喋ってる最中に二人一斉に廃屋の方を振り向いた。
ふたりともほぼ同時に何かを察していた。

同じ方向を警戒したのをネドさんと二人で確認し合っていると、山に近い暮らしをする二人が揃ってとった行動にトミタさんが真っ青な顔をしていた。

「あのー」
「よ?ってなんだ。ボン」

ボンてのは俺のアダ名。

「ようようって聞こえました」

二人とも同じようなのを聞きつけたと確認しあうとネドさんが真顔になった。

「取材は中断とはいきませんか。大人だけならともかく子供を連れてきていては」

「ちょっとまってください。OKっていうから取材費も日程も組んでこうして」

「強行するにしても彼を自宅に届けるのが先だ。ひどく嫌な雰囲気だ」

「そうは言われても免許持ってるのがカメラマンのほかはペーパードライバーの私だけなんですよ」

トミタさんが困り果てて居る時に、『ナラヌ』という声が車のある方向から聞こえた。

俺:「あ、ダメだ」

自分の声が妙に間抜けだった。

皆一斉に黙って声の聞こえた方向を向いたから一層間抜けに思えた。

それからカメラマンが唐突にはしゃぎだして、今の聞いたか?といいながら映像の確認をはじめるけれど、録音できてないと嘆き出す。

その足元にあったビデオカメラのレンズ箱がひとりでにはじけ飛んでいって、斜面を転がって止まった。

みんなここで固まったけれど、俺とネドさんは山慣れしているので平然としたものだった。

一度撮影が中止されて、皆ハロゲンランプの周りでしきりに周囲を見渡しながら集まった。
面白かったのは一番年少の俺がネドさんに次いで落ち着いてた事。

「あの、ここって、なんか本当にまずいんですか」
「だから取材申し込まれた時に言ったろう。その家は姥捨てがあった頃の犠牲者を供養するために戦前に村のものが建てた姥様方のおすまいだ」

「こんなことが起ると知って」
「いいや怖い風習があったことを番組で取り上げて欲しかったから撮影を許可した」

「・・・・・・トミタさんちょっと待って下さいよ。まさかこんな最高のネタお蔵入りですか?御機嫌じゃないですかここ」

中止に傾きかけていたトミタさんに食い下がるカメラマンの横で、まさかこんなことが起きるとは思ってなかった女性芸能人は化粧崩れも気にせずに泣きだした。

雇われ霊能者はカメラが回ってないことを確認すると、帰りましょうよ・・・やめましょうよ・・・と、リピートする。

「まあ、中止もやめたほうがいいと思う。来た時にわかってるはずだけど、安全にUターン出来るようなところまでしばらくバックが必要。こんな夜中にバックで運転するほうがお化けより何倍も怖いよ」

腹をくくって姥様の家にてくてく歩いて行って「軒先お借りします」っていってお辞儀した。

『おあがんなさい。さっどうぞ』

泣きながら笑う老婆が目の前にふっと現れかけてまた消えた。

耳をつんざくような悲鳴があがった。
声の主はトミタさん。
女性芸能人さんもあんまりすごい声にびっくりして言葉を失っていた。

取材そのものは結局カメラマンの努力もむなしく、撮れず録れずで完全に失敗。
よくあるヤラセな内容に終わってしまったものの、トミタさん以外の撮影スタッフは「幽霊ってマジいるんだね」「はじめて仕事に情熱感じたかも」みたいになぜだか盛り上がっている。

帰り際に振り返ったら、着物の袖で顔を拭いながら見送りに出た婆さんたちが見えた。

こんなとこ置き去りにされて成仏もできずに百年とかそれ以上漂ってるだけって、なんかすごく嫌だなと思った。

以来、足繁くネドさんに許可もらって姥様の家に顔を出した。
後でおばあちゃんに大目玉くらったけど、苗床栽培につかってる古木を裁断して持ってったりした。

「何年でも十何年後でもいい。そのあたりをきのこの群生地にして村の人達のキノコ狩りの場にすれば、あの人達は寂しくないんじゃないか」

その提案に大賛成してくれたネドさんが他界するまでずっと続けた。

めしくう必要もないお化けとちがってこっちは金がいるんだよ!と、さんざっぱらどやされたものだ。
ネドさんが他界した後で山を相続したその息子さんは冷淡な人で、あっさり手放してしまったものだから、結局ネドさんと俺のキノコ狩りで寂しくない計画も頓挫した。

そんなにいい大学じゃないけど、都会の大学に受かった俺は三年の夏サークルの合宿をうちの実家に誘致して、その前の二年間は夏季冬季ともに家の手伝いで結局学友とも遊べなかったことへの意趣返しを果たした。

あんまり人付き合いが得意じゃなくとも庭のような山でなら鼻高くして歩ける。
まあ珍しく中心人物になるとシャイの虫が疼くようで、結局いつも以上に口数が少なかったけれども。

ある夜散策に出たという女友だちが一人帰らなかった。
捜索隊を出すという話になった時に友人たちにはそれぞれうちの家族についてもらい、俺はライトをもって一人山に入った。

素人が迷い込みそうな傾斜のきつくない当たりを調べつくして途方にくれていた俺の耳に「こっち、こっちさおいで」と、その声が聞こえた。

見ると沢山の婆様たちが向かい合わせで道をつくりながら手招きしていた。

不思議と怖くはなかったし、悪くはされまいと思って姥様達の間を通って行った。

すると泣き疲れた様子の女友だちが体育座りして膝に顔をうずめこんでいた。

あの状況で寝られるとはなかなかタフだと思う。
とにかくまずは揺さぶって起こすが「歩き疲れて動けない」と。
また夜の山の怖さにやられちゃっていて、かなり様子がおかしかったので「背中に柔らかいのがあたる役得と引き換えになら、ここからおぶって帰るのも結構いいな」とジョークを飛ばしてみたら多少落ち着きを取り戻して、結局自分の足でどうにか歩いてみるということに。

肩を貸して立ち上がった頃には婆様たちはニコニコ笑顔。
女友達それ見て一発で腰を抜かして立ち上がれなくなって、結局本当におぶってかえることに。

こんな救出劇の後の俺の株がうなぎのぼりだったのは想像してもらえるとおもう。
分不相応にもちょっとしたヒーロー扱いだったよ。

正直そんなふうにしてもらえること何一つした覚えがない。
かといって助けたのは幽霊なんだよ・・・といってもジョークとしか思われないし、食い下がると頭のおかしいやつだ思われてしまうから困ったものだ。

トミタさんとよくあの当時の事を話す。
実家の祖母が生きているうちに聞いた話では、あそこら一帯の山々は昔は肉食獣の出る地帯だったそうだ。
生きながらに食い殺された人だっていただろうし、餓死だってろくな死に方じゃない。

そういうことを考える時、湧き出てくる疑問は今でも胸を締め付ける。

なぜあんなにも優しくなれるのかが分からない。
なんで祟らないのかも分からない。

とりあえず俺は幽霊にだけはなりたくないから、未練は遺さない生き方をしようと思う。

ばあちゃん達の優しさに泣けた。
もう皆の孫みたいな感じになっちゃってんじゃないか?

最初は害を成そうとしたけど、挨拶した事とキノコの件で一生懸命やってくれてんのを見て嬉しかったんだろうな。