同級生の話。

彼がまだ小学生だった頃、帰り道でにわか雨にあった。
傘を持っていなかったので、途中にあったバス停の屋根の下へ逃げ込む。

濡れた身体を払いながら困った顔をしていると、スッと何かが後ろから頭の上に差し出される。

見上げると赤い傘があった。

驚いて振り向くと、優しそうな女の人が微笑んでいて、こう話しかけてきた。

女「傘がないの?家まで送ってあげようか」

あぁ助かったと思い、有り難く申し出を受けることにする。

女の人の傘に入れてもらいながら、道々色んなことを話した。

特に女性は彼のことを聞きたがったので、身の回りであったことや家族のことを思い付くままに喋ったのだという。

どれくらい歩いただろうか。
いつの間にか雨が小降りになっていた。
それに気が付いた女性はハッとした様子で、申し訳なさそうに謝ってきた。

女「ごめんなさい、もう戻らないと・・・。雨が止んだら出ていられないから」

その後がはっきりしないのだという。

気が付くと横に並んでいた女性は、幻のように消え失せていた。
慌てて辺りを見回すと、そこはまるで見覚えのない山の中だった。

雨は止んでいたが、日が落ちかけていて、夜がそこまで迫ってきている。

半べそをかきながら歩き出したが、道らしい道もない森の中だ。
すぐに歩けなくなってしまう。

結局、その日の夜遅く、探しに来てくれた消防団の人に助けてもらうことになった。

無事に帰ってからひどく怒られたが、彼が女性の話をすると皆が怖い顔になった。

それからしばらく後『不審者に注意!』という看板が通学路に立てられた。
また、親たちが交代で巡回するようにもなったそうだ。

「でもね、あの人は俺をどこかへ連れて行こうとか、そんなこと考えてなかったんじゃないかと思うんだ」

「あの夜、俺が見つかったのは、俺の家に面した裏山の、一寸入った奥だった。考えてみるとその場所って、ちょうど傘に入れてもらったバス停から俺の家まで、真っ直ぐに引いた直線の上にあるんだ。いや道も何もない森ん中だから、普通は人なんてとても歩かないけどな」

「だから、あそこで雨が上がらなかったら、ちゃんと家まで送ってくれてたんじゃないかって思うんだよ。だって俺の話を聞いてくれていたあの人の顔、凄く楽しそうだったんだもの。ついうっかり、ペース配分を間違えちゃったんだろうなぁ」

なんとなくしみじみとした調子で、彼はこの話をしてくれた。