私が五、六歳頃の話。

私は八王子に住んでいました。
八王子といえば、八王子城やら絹の道、それに八王子駅など聖地とも言えるほど心霊スポットが多いのです。
まあ、そんなことは置いておいて・・・。

私はちょうど今頃の冬に、母親に連れられて電車を使って新宿までちょっとした旅行に行きました。
高島屋でおいしいものを食べ、ついでにおもちゃも買ってもらって満足しながら帰りの電車に乗ったのですが、新宿から二番目の駅に差し掛かったところで、突然母親が私の目を覆いました。

「え、何?」

私は驚きを滲ませながら母親に訊きました。
しかし、母親はひそひそ声で「次の駅で降りて、乗り換えようね」と言っただけでした。

幼い私でも、「何かが起きている」ということははっきり自覚できました。

二番目からの駅から次の駅までは結構長い間隔だったように思えます。
目を塞がれ、何事か分からぬままただ不安を抱いて乗る時間は、子供には結構な苦痛です。

時折、目を開けようと母親の手を外そうとするのですが、そうすると「駄目ッ!」と怒鳴られて、結局やらずじまいになってしまいました。

そんなこんなで次の駅へ到着。
私と母親は急いで電車を降り、ホームのベンチで座って次の電車を待つことにしました。

発車ベルが鳴ります。
その音は、奇妙に歪んで聞こえました。
私の胸が得体の知れぬ緊張で高鳴ります。

これまでは怖いという印象を抱いたことがないのに。
さっきまで私達が乗っていた電車が走り出すとき、ふいに私は窓に目を向けてしまいました。

そして、見てしまったのです。
こちらをにやつきながら睨む若い男の姿を。
彼の頭は禿げており、暗赤色のスーツを着込んでいました。
肌は人間と思えないほど白く、そして唇は際立って赤かったのです。

その体験から十数年後。
高校生となった私は、友人三人とともに再び八王子に遊びに行きました。
奇妙な男のことなど忘れていたのですが、帰り際に再び見てしまいました。
中央線のホームに立つあの男の姿を・・・。
暗赤色のスーツの色も、白粉のような肌の色も、何も変わらぬまま。

間もなく到着することを告げるアナウンスがホーム中に響くと同時に、彼は身を投げ出しました。

「・・・飛び込み自殺だ」

「でも、俺ら以外の誰も気づいていないみたいだぞ」

背中を薄ら寒いものが走り抜けました。

そうこうするうちに、中央線がホームに滑り込んできます。
私は再び、その窓にさっきの男の姿を、確かに、見ました。

もう八王子に電車で行く気はありません。