怖い話・恐怖体験談を集めてみた

怖い話、恐怖体験、不思議な体験などをネット上から集めてジャンル別にまとめたサイトです。

カテゴリ: 日常に潜む怖い系

うちの死んだじいさんは軍人あがりで腕力でブイブイ物いわすタイプ。

妻や娘たちにも何か気に入らないと殴る蹴る罵る。
酒乱。
競馬パチンコ狂。

婆さんはぶたれて鼻が曲がっても、はいはいと黙ってしたがう従順な妻だった。

それでも年をとったら大人しくなり、娘(私のママ含)たちも嫁ぎ、平穏な日々を送っていた。

が、ある日夕方頃突然、強烈な頭痛に見舞われた(脳内出血だった)。

「痛い・・・痛い・・・」

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今から5年程前のことだったと思う。

年の暮れのとても冷え込んでいた日だった。

俺は交差点で信号待ちをしていた。
駅前ということもあり、普段から交通量は多いのだが、それに加えて12月ということで交通量はかなり多かった。

俺は寒さに震えながら一刻も早く家に帰りたいと赤信号を睨みつけていた。

すると横から一人の男がするりと前に出た。
ひょろりと痩せたその男は、右手をジャンパーのポケットに突っ込み左手で携帯をいじっていた。

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1985年9月にレバノンで起きた、ヒズボラ(シーア派イスラム主義の政治組織、武装組織)によるソ連外交官4名の誘拐事件を、ソ連のKGBが驚くべき方法で解決したことを伝えた記事が話題に上っていた。

この記事はすでに30年近い昔の記事のため、当時、そういう事件が起きていたということを知る人はほとんどいないかもしれない。

しかし記事によると、1985年9月にレバノンでヒズボラによってソ連外交官4名が誘拐されるという事件が起きたのだという。

ヒズボラはソ連外交官4名と引き換えに、ソ連に拘束されている捕虜の釈放を要求してきたが事件はその後、膠着(こうちゃく)状態に陥ったことで、進展を求めたヒズボラは人質の一人を殺害した。

ところが、ソ連は同胞が殺害されたことを知ると、却って態度を硬化し、改めて強硬な手段で事件の解決を目指すこととなったのである。

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因果応報というか、自業自得というか。

高校時代のクラスメイトで自称「私はいくら食べても大丈夫!!!」な女N子がいた。

毎日甘~いジュースや炭酸飲料を水やお茶代わりにグビグビ。
砂糖や炭水化物たっぷりのスイーツをバクバク。

でも実際N子はどんなに食べても太らない。
むしろスリム。

皆が◯キロ太った、ダイエットしなきゃ!的な体型を気にする会話をしていると割り込んできて、「ダイエット?何それおいしいの?わたしそんなことしたことな~いwww」と自慢しつつバカにする。

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